「気持ちの針が振り切れた」
―地元でのブレイク、東京進出、話題となったデビューに全国ツアー。急速に駆け上がった1年間に陰りはなくただただ前傾姿勢だけが映っていたが、ツアー直後にはバンドの解散がアナウンスされ、ソロミュージシャン「黒木渚」となる。多くのファンが驚いた急な展開。
「何が起きたんだ!?って感じですね。東京で1年生活して、自分の考えがかなり変わった、というより明確になったんです。元々はバンドで成功するぞ!という気持ちで上京して来たから、ソロでやることなんてこれっぽっちも考えになかったんですが、上京から2ヶ月程して少しずつあれっ?って気持ちのズレを感じ始めたんですよ。以前ライブを見にきてくれるお客さんと “2年後に武道館に立つ”という約束をしたんですが、その目標を本気で叶えようとプランを立てていくと、今の活動のままでは速度が遅い。叶わないと感じたんです。根本的な原因は何だ?って考えて浮き彫りになったのは、私自身が最後まで楽曲制作のイニシアチブを取らずに曲を作って来た事だったんです。自分で詩も曲も書いていて、それぞれの曲に対して明確なイメージを私自身が持っているのに、楽曲制作に関しての舵取りはメンバーに任せっきりにしなってしまっていて、しっかり細部までイメージを伝えて作り込んでこれていなかった。そこにはメンバーの個性を尊重する気持ちがあってこそだったんですが、もっと深く考えたら、自分で仕切りきれなかったことへの逃げだったのかな、と思って。 なぜ最後の最後までこだわって細部まで詰めてこなかったんだ?と考えたら、結局メンバーに嫌われるのが恐かったんです。彼等はメンバーである前に親友ですし、大切な存在だったんで。でもそれがつっかえているままだったら、お客さんと約束した武道館は実現しない。ここまで明確に持てた自分の目標だ、悪になろうとも誰かに嫌われようとも、ひとりになる強さを持たなくちゃって。それを思ったのが前回の全国ワンマンツアー後。数ヶ月間でバタバタと自分の気持ちの変化への気付き、整理、決断があって、ちょうど言うタイミングができたツアー後にメンバーとこの事を共有しました。メンバーはしっかり受け止めてくれました。多分、”あぁ、渚は嘘ついてないな”、って分かったんだと思います。」
-今まで築いてきたやしろを後にし、速度を上げ単身現存の荒野を前へ進むのみ。 決意した彼女のこころの内を映す水鏡の様に、今作『標本箱』の楽曲群では以前と比べ、今までの闇を全て吐き出した様な、より前向きな明度を携えている。
「過去の毒は身体から出て行った感じがしますね。今はクリアになりました。新しい毒も存在してますけどね。例えば今作「マトリョーシカ(M7)」で歌ったのは今の世界、特に今自分が暮らしている東京の環境で感じる虚無感。”あぁ、病んでるわぁ”と言って簡単に手首を切ってしまう人や、ブログに簡単に自分の闇を書いてしてしまう人。自分から逃げずに考えていけば、悩みの出口は見えてくることも多くあろうに、それを放棄して異常になってしまうことにある種の美徳みたいなものを感じて振る舞う人。そういう光景を見ていて興ざめしてしまう感覚っていうのは、ここ最近感じる自分の新しい毒の部分です。変人であることにこだわり過ぎてる。当事者が知恵や力を注ぎ込んだ表現として発しているものであれば興味が湧くんですけどね、奇をてらうだけで終わってしまうメッセージが世の中に沢山溢れてるな、って思うんです。それが気になるのは、自分が”奇をてらってる”とか”アングラ志向”とか、そう受け取られることが過去多かったからだと思いますけどね(笑)。」
-自らを理解し、歌に昇華する。悩みも喜びも曲げず隠さず切り取って作品へ落とし込む。音楽を通して表現をし続けて来て今、メディアでもことばを発する事が多くなったが、作品やライブのディープな世界観からはかけ離れた冊子、テレビ、ラジオ等のコマーシャルな場でも、さらりと自身を表現して見せる姿に彼女の表現者としての可能性を感じる。
「取材も毎回楽しいです。話すと自分の頭の中も整理できるし、新たな場面での経験もできる。この前なんて番組収録でいちご狩りに行きましたし(笑)。わぁーいちごだ!的なはしゃぎ方をする人間ではないんで、ワイプで抜かれたら地蔵のような画になってしまう、どうしよう!とか考えてしまいました。本当は本の取材が一番好きだけど、黒木渚を表現できる場であれば何でもがんばれるし、今まだ慣れていない現場でも上手にできるように努力はいくらでもします(笑)。」
「存在の求め合いがこの上ない喜び」
-新天地にて出会う人々との接触で再確認したのは、この先生きていくに当たり表現活動は自身にとって欠かせない生命線だということ。
「今どんどん出会う人達が増えていて、純粋にそれが嬉しいし気持ちをかき立てられるんですよね。人との繋がりが増える分だけ責任も増えますけど、共感してもらえる喜びがあってその為に自分は投げ掛けて、それに対して反響して戻ってくるものがあって、またそれ対して自分も答えて。その循環がある限りもう黒木渚は止められないです。それを最も強く感じられるのがやっぱりライブの会場で、ソロになって初めてやったことは、独りでステージが出来る様になる事。今までは沢山人がステージにいて連帯感の中で自分を表現していたものが独りになったから、まずは自分一人で立ってしっかりステージを完結出来る様に、今回新調したエレキギターを一本持って全国を廻ったんです。怯えもあったけど、それでも各地を廻るとどこの会場でもお客さんがたった一人で来た私を迎えてくれていて、そこで直感的に確信しました、独りでもいけるって。この人達がいてくれる限り私は前向いて今の自分を精一杯出し切れるって。」
「速度は大切 ものごとは楽しめるうちに」
-黒木渚は今、速度にこだわる。曲を書き上げるスピード、それは自分の感情移入の集中力が高い状態で作品に携わる為に必要不可欠なのだと言う。感情表現の精度を常に意識しているストイックな姿勢はいかにも彼女らしい。鮮度高くCDにパッケージング出来たが故のリアルタイムな黒木渚の心情。デビュー前から今も変わらず書き貯めている日記帳のフレーズも、詩を曲へ溶かし込む鮮度に繋がっている。本作収録「革命(M1)」の詩はソロ活動への決意が込められたものだ。武道館の夢、”2年以内に”という速度へのこだわりも、現場でつながり合ってきた大切な人々との約束をきちんと果たす為のもの。過去培った人生観を歌う者から、リアルタイムな自己の温度感を歌う者へ。今の黒木渚は常に脱皮を繰り返し、生み落とす作品描写と生身の思考はより距離感を狭め、重なり寄り添っている。
自己表現がありのままの自分に近づき、ファンとのシンパシーもより精度を増している様だ。欲しいものが何だって手に入るとしたら、今一番欲しいものは?という投げ掛に彼女は迷いなく「武道館」と答える。
「全ては武道館に立つ為です。その先の欲しいものはその武道館のステージでお客さんと一緒に決める。6月には渋谷公会堂でライブするんですが、これも前回東京キネマクラブでライブした時にお客さんに話して、今回実現してるんです。3倍のキャパになるけど、絶対楽しいものにするからお客さんそれぞれが自分の大切な人を3人ずつ連れて来てくれ!って言ったら、家族を連れて行きます、とか親友誘って行きます、とかそれぞれの人が言ってくれて。やっぱり人の結び付きの力だと思うんですよ、大きなことを成すのは。それを実現する証明もしたい。だからこんな宮崎出身のどこの誰だか分からない女が言う事だけど、その話に乗ってくれた人たちの為に私は絶対実現させるし、実際武道館に行った時には、私をそこまで連れて行ってくれたお客さんそれぞれに、俺等が、私達が連れて行ったんだって自慢して欲しいんです。皆で実現させたんだって。大人の高尚な遊び、絶対楽しいですよ。」