クレバーでいて初期衝動的な音楽欲
ー これまでフルアルバムを1枚とEPを2枚、今作が4枚目のリリースで、バンド歴的には6年。 今の音楽にたどり着くまでに色々あったと思いますが、まずは結成のきっかけを訊いても良いですか?
■中野陽介(なかのようすけ) ( Vo. 以下 “中野” ): このバンドは楽器陣4人が元々組んでいたバンドに僕が最後にボーカルとして入る形で出来たんですよ。 僕に関しては以前やっていたバンドがデビューして10年くらい、ちょうど震災があった時期に解散して路頭に迷ってる時に、以前から僕のライブにもよく来てくれていたり、プライベートでもよく遊んでいたりで仲良くしていた智之(Ba.)から声をかけてくれたのがこのバンドに入るきっかけでした。 「もしまだバンドでやりたいと思っていたら、僕ができることやります。」って言ってくれて。 前のバンドが解散した当初はもうバンドでやってくのは無理だなぁ…と思って嘆いていたんですけど、たまたま家にいた時にすごくいい曲が出来て、この曲はバンドでやったほうがいいんじゃないか、って思ってたところに智之が声をかけてくれたんで、じゃあ一回スタジオ一緒に入ってみようか、ってその当時智之がやっていたバンド(他4人の現Emeraldメンバー)とスタジオに入ったんですよ。 最初は “ラフにセッションして楽しみながらやろう” っていうくらいのノリから始まったんですけど、結構いい具合に曲が出来ていって、もう一回バンドでやれる!っていうイメージも自分の中で沸いていたのもあったんで、「ちゃんと名前つけて、バンドでやろうか」という話にみんなで自然となって、このバンドの形になりました。
ー 他4人はその前から付き合いは長かったんですか?
■藤井智之(ふじいさとし) ( Ba. 以下 “藤井” ): 4人は元々同じ大学に通ってた同級生と後輩で、音楽サークル仲間だったり別の音楽サークルの友達としてだったりで面識があって、コピーバンド程度は学生時代からそれぞれやってたんですけど、磯野(Gt.)と中村(Key.)が卒業後もやっぱりバンドやりたいよね、っていう話をしていたらしく、ある時僕に連絡が来たんですよ。 磯野から「大事な話があるんだけど、今から家来ない?今何してる?」って電話があって、その時はちょうど陽介さんの弾き語りのイベントに来ていたときで、最初は会場作りなどの手伝いだけの予定だったんですけど、急遽陽介さんの後ろでベースを弾く事になった日だったんですよ。 しかもそれが自分にとっては約2年振りに人前でベースを弾く事になったライブで。(笑) そんなバタバタなタイミングだったんですけど、大事な話があるってわざわざ電話くる程だから余程の事だろう、と思ってライブ後に終電もなかったんですが、タクシーで磯野のところに向かったんです。
■磯野好孝(いそのよしたか) ( Gt. 以下 “磯野” ): 結構遠かったよね、確か。 タクシーで5000~6000円かかるくらいの距離あった気がする。(笑) それでも来てくれましたね。
■藤井: ひとまずそれで家に行ったんですけど、全然核心的な話をされずにずーっと色んなブラックミュージックを聴かされるわけですよ。
ー なんですかそれ。(笑)
■藤井: ほんとにひたすら。(笑) 大事な話のはずが、来てみたらただの音楽鑑賞会。 「藤井、こういう音楽ってどうかな…?」って2人が言って来るのに「あぁ、いいよね」としか答えられなくて、その謎の時間がずっと続いてようやく「実はこういうバンドやりたいと思ってるんだけど…」っていう大事な話が出たのが朝の4時で。(笑)
ー 彼氏彼女みたい。(笑)
■藤井: 本当にそんな感じですよ。(笑) でも僕も誘ってもらって純粋に嬉しかったんで、その場で「いいね、やるよ!」って即答しました。 で、早速その場で「じゃあ、ドラム誰にする?」って話になったんですが、やっぱ大学のサークルの後輩だった高木(Dr.)だろう、という事で早朝5時頃その場で電話鳴らしまくりました。 10回くらいかけたら出たんで、「高木、バンドやる事になったからよろしく!」って言って電話の向こうで返事聞こえる前にブツって切ってバンド加入成立でしたね。
■高木陽(たかぎあきら) ( Dr. 以下 “高木” ): 寝ぼけてる状態に一瞬の出来事だったんで夢かと思ったんですけど、改めて起きたら着信が10件くらい溜まってで…現実でした(笑)。
■藤井: その10分後位に3人に丁寧なメールが来て、「長い付き合いになりそうですね、よろしくお願いします。」って(笑)。
■中野: 素敵な流れだなー(笑)。
ー オチが綺麗ですね(笑)。
FishmansのコピーのはずがEmeraldが始まってた
ー Emeraldとしてのスタートは?
■磯野: 最初はかなり強引に始まったんですよ、元々陽介さんと初めてスタジオに入るときはみんな共通で好きだったFishmansのコピーをやるって事で集まったはずなんですけど、前日になったら「いい曲できたから、これやろう!」って陽介さんのデモが藤井宛に送られてきて、結局スタジオ入ってその曲しかやらなかったですね(笑)。
■藤井: 計画的なトラップだった訳です。(笑)
■中野: でもね(笑)、そこでみんなを巻き込めたら「やっぱりバンドって捨てたもんじゃないな。」って思えるだろうし、巻き込めなくて「俺らやっぱりコピーバンドがやりたいんで」とか「純粋なブラックミュージックしかやりたくないんで」とかだったら諦めればいいや、って思ってたんであそこでぶっ込んでおいてよかったと今は思います。
■藤井: そこで初めてみんなでアレンジして仕上げた曲が「This World」(1st EP収録曲)って曲なんです。
ー 自分が初めてEmeraldに出会った、Soundcloudにアップされてる曲ですね! そこからヘビロテしまくって恋い焦がれてライブも見に行って、エッグマンにも出演お願いしたり、あの曲のお陰での出会いでした。
■中野: 楽しいな~、バンド。って思いながら作った曲ですね。 前のバンドの解散が決まってて、解散発表がされる日、俺は横浜の山奥からギターを背負って一人スタジオに向かっていて、そこで実は次のバンドが始まろうとしていた、っていう。 なんか運命ですよね。
■磯野: 深夜スタジオの後、明け方一緒に代々木の松屋でメシ食いながらその解散のニュースを見てたよね。
■中野: そのときの感覚も覚えてるけど、純粋な気持ちで音楽をやる楽しさを改めて呼び戻してくれたのがこのバンドだな、と思いますね。
ー 運命的なメンバーが揃ったんですね。
■中野: やっぱり自分が歌うのであればホセ・ジェイムズみたいな黒人の音楽を英語でやり切るみたいな事は出来ないんですけど、それでもみんなそれぞれのプレイの見せ場を作ったりとか、バンドとしての見せ場とかをちゃんと作って、メンバーが持ってるブラックミュージックの感覚と、自分の歌の感覚をとりまとめて成立させる音楽がどんどん生まれていくから、本当にすごいバンドだな、と始めた当初から思ってましたね。
■中村龍人(なかむらたつと) ( Key. 以下 “中村” ): 今回のアルバムみたいな音楽性になるまでは、だいぶ色々と形を変えてここに至ってますけどね、その都度その時のメンバーが納得出来る形を作れてきていると思います。
ー 確かにこれまでの作品、毎回作風が異なっていてその時期の感覚みたいなものを感じますね。
音の高級感
ー 今作はそういう意味では、ネオソウルやジャズなんかの感覚をより一層このバンドらしいアウトプットの解釈に形をかえて表現してる、これまでで一番オリジナリティーが進んだ音に感じるんですけど、ここまで辿り着く一番の鍵となったのって、何だったんでしょう?
■磯野: やっぱり色んなライブをメンバーで一緒に見に行って培ったセンスの共通項みたいなものだと思います。
■高木: コットンクラブ(※1)にクリス・デイヴ(※2)っていうブラックミュージック界の奇才ドラマーが来日するっていうので一緒に見に行ったのがきっかけで、その後も色んなネオソウルのアーティストのライブに連れて行ってもらったんですよ。 元々自分のルーツは全然真逆のメロコアとかだったんで、どれだけ大げさなフレーズを叩くかが命!みたいなドラムを叩いてたんですけど、いろいろ連れてかれて見るライブでそういうネオソウル系のドラマーのプレイを見てると、やっぱり凄いかっこいいんですよね。 そういうところから得るものが多くて、自分の今のプレイに至るのかな、って今思い返せば思います。
■中村: ロバートグラスパー(※3)をみんなで見に行ったのも2010年頃かな。
まだチケットも4000~5000円位で得した!って思ったもんね。
ー やっぱりこういうアーティストのライブはチケット代高いですね…。
■藤井: 安い方ですよ! エリカ・バドゥとかだと今4万円くらいしますし。
ー 4万…!
■磯野: だから僕らはあの時代に今をときめくスーパースターのライブを割と安い価格で見に行けていてラッキーでしたね。 このバンドを組む前、藤井を誘い出す前から中村とはよく「こういうバンドやるんだったら曲聞いてるだけじゃなくて、プレイを見に行った方が早いよね」って言ってて、それを初期はずっとやってたんですよ。 だからその後出てくる曲の質感がどんどん変わっていったんだと思います。 得るものが大きかったですね。 今ではこのバンドのグルーヴは高木, 藤井が作ってると思われてますけど、まぁ俺と中村がライブに連れまわして作ったんだぜ、っていう。(笑)
■中村: やっと芽が出たな、って。(笑)
■藤井: おい!!(笑)
■磯野: でもそれは要するに結局藤井と高木の方が俺たちよりもセンスがあったって事ですよね。
■中村: ライブ見て、それでモノにしちゃったって訳ですからね。
■中野: 改めてアルバムを聴き直すとベースラインなんかに関しては、「after blue 」(M9)と「Holiday」(M3)はこれまでになかった今作ならではの音っていう意味で本当にかっこいいですもんね。 みんなで培ったブラックミュージックの感覚が投影されてるっていうか。
ー 確かに周囲の音との絡みが絶妙な、よく作り込まれたフレーズだなぁ…と思って聴いてました。
■磯野: 本当にひとつひとつの細かいフレーズと、その連携までにこだわって作り込んで行かないと、自分たちの目指す雰囲気っていうのが出ないな、って前作までで分かったんですよね。 だから今作は相当作りこみました。
ー アルバムタイトルの『Pavlov City』というのはどんな意味合い?
■中野: 今って “City” っていう言葉に半自動的にイメージする音の雰囲気がこびりついてると思うんですよね。 流行もあるし、時代背景的に。 “City” って聞くだけで “あぁ、こんな音楽かな” っていうなんとなくの夜景とかが似合いそうな洗練された感じのイメージ。 そういうステレオタイプに反応してしまう自分にちょっとした揶揄も込めつつ、でもそんなシーンの中で俺たちも生きてるよ、っていう意識も込めて付けた名前です。 パブロフの犬の、条件反射的によだれが垂れるみたいな、おのずとイメージする音のストーリーがこのアルバムの楽曲群にはある、っていう。
ー 確かに聞き慣れたシティーポップっていう言語につながる感じと、ただPavlovっていうところに只者じゃないというか、ストレートなそれとは違うハイコンテクストな印象も同時にくるフレーズですね。
■中野: 更にジャケットのデザインもそんなイメージに寄せていく感じに仕上がって、デザイン的にも満足いくものになりました。
■磯野: アルバム構想的には最初は今作、2枚組でリリースしようか、っていう案だったんですよ。 1枚は『Pavlov City』でシティーポップ寄り、もう1枚は極端にブラックミュージックに振り切ったもの、っていうコンセプトだったんですけど、曲を作り始めてみたらその2枚構想の両方の感じが1枚で収まりそうだぞ、っていう流れになったんで、このアルバム名に2つのエッセンスを収めた感じです。
■中野: 曲的には結構昔の曲もあるからね。 完成品になるまでに紆余曲折あったけど、最終的には今の感覚で、今の自分たちのセンスでカットアップしたものになって、ここ数年のこのバンドのメンバー全員の感覚を、時間をかけてまとめ上げたのが今作、っていう。
ー 時間の産物ですね。
■中野: そう、とにかく時間をかけて、レコーディングの最後の最後までみんなでディスカッションしてフレーズやアンサンブルの鳴りだったり、音質だったり、こだわったアルバムです。
純粋に音楽で繋がった高尚な連鎖
ー レコーディングはスムーズでした?
■磯野: ミックスはめちゃくちゃ難航しましたね。 やっぱり各フレーズの絡み方を決めて、ちゃんとそれぞれの音がいい感じで “鳴ってる” かどうかのジャッジをする事に時間をかけたので。 あとは前作より良い音質で録れてるんで、その音質を損ないたくない!っていう欲も出てきちゃって。 録音作業自体はベーシックに関しては毎回1曲2テイクくらい “せーの!” で一発録りして終わるんで苦労しないんですけどね。
ー 1発録りで2テイク…テクニックがあるが故ですね。
■磯野: でもギターに関しては今回結構重ねてて、他メンバーの録音が終わったちょっとした時間とかに数分で1テイク録ったりとか、細かいタイミングに差し込みで録っていったんで結局合計時間でいったらギターは結構時間かかってるかもしれないですね。
■中村:レコーディングは分単位のスケジュールでした(笑)
ー ちなみに今作ではゲストミュージシャンが多く参加していますね。
■磯野: 門田”JAW”晃介さん(BARB/ex.PE’Z)には今回、表題曲の「Pavlov City」でSaxをお願いしたんですけど、すごい経験でしたね。 僕ら憧れのミュージシャンだったんで、まさか引き受けてくれるとは思わなかったですし、レコーディングの日も「よし、じゃあやってみようか。」ってその場でガーッと楽譜を書いて。
■中村:「この音とこの音でちょっと一回やってみます。」ってすぐブースに入って4本くらい重ねたフレーズを一瞬で作るんですよ。 発想も速度も驚きで、感動しましたね。
ー どんな繋がりからお願いする事になったんですか?
■中村: 今回同じくゲストミュージシャンとしてアルバムに参加してくれているumber session tribeっていうバンドのレコ発にEmeraldを呼んでもらって共演した時に、他に出演者で出ていたセッションバンドに門田さんがいたんです。 僕からすれば学生時代の時にPE’Zを相当聴いてたんで、めちゃくちゃ緊張したんですけど、がんばってその時連絡先を交換して、そこからライブを見に行かせてもらったり、逆に見に来てもらったりするようになって、ある時、Emeraldのライブに来てくれた時に勇気を振り絞ってお願いしてみました。
■磯野: 「今日ライブでやった曲、Saxphone(本作M2「Pavlov City」の当時の仮タイトル)っていうんですけど…門田さんが吹いてくれたら、いいなぁ~…」みたいな感じでダメ元で言ってみたら「全然やるよ!」って言ってくださって。 レコーディング前に仮フレーズとして送られてきたデータ聴いてみんなで「これはヤバイ…!」ってめちゃくちゃ盛り上がった状態でレコーディングに突入しました(笑)。 紳士に体当たりしてみる大切さっていうのもその時に感じましたね。
ー いつか同じステージで対峙する時が来たらアツいですね。
■中野: 本当にそうですね。
ものの捉え方ひとつで人生が絶景に変わる、この感覚
ー 歌詞について。 独特の浮遊感がある、どこか世界を俯瞰で見てるような歌詞にものごとの核心があって心に刺さりまくります。 ストレートなヘイトでもないし、I love you!とかでもない、もっと自然体なこころの描写というか。 どんな時に歌詞ができるんですか?
■中野: 瞬間的な感情って、後で振り返って聴いた時にフィットしなくなるんですよ。 だからいつも僕の場合は歌詞を書く時にその時の感情と、反対側の感情の2つを想像して書くんです。 “楽しいだけなんて嘘だ”、”寂しいだけなんて嘘だ” とか。 そういう振り子みたいなふたつのことを同時に並べながら歌いたいことを歌っていく、っていう工程。 それをAメロ~Bメロで韻を踏んでみたり、1番~2番で対比してみたりして歌詞を作ってますね。 そうやってつくった歌詞って、例えば作った当時に別れた彼女のことを想って作ってた歌詞だったとして、その子といくら喧嘩別れしても何年か経って聴き返した時にちゃんと成立してるんですよね、美しい作品として。 どちらかに振れてない感情、これは僕のずっと書いてきている情景描写ですね。 ただこれを曲に載せるとなると、せっかく歌詞を書いてきても2番でざっくりBメロカット、とか(笑)いろいろあるんで、構成に悩まされる時もありますけどね。(笑) ただそういう時は、ことばだけじゃ埋まらない表現を、歌い方だったり、息遣いだったり、楽器とのアンサンブルの盛り上げ方だったりで音として飛ばしていく、っていう方法があるって事をこのバンドでは学んだかな。 悔しいんですけどね、歌いたかった歌詞がごっそりカットされる時は(笑)。 でもそうやって言葉が磨かれてとんがっていく方向に持っていくべきだしね。
ー その悔しい工程を経て浮かび上がる表現はきっと強いですよね。
■中野: うん、客観的に聴いてみんながいいね、って思えるものになれば、それが本望。
ー 楽曲も歌詞も客演も、ここ数年のバンドの全てを注ぎ込んで丁寧に作られた今作ですが、この次、更なる作品を作るとすると、これからはどんな音楽を目指しますか?
■藤井: 次は…早く出したいですね。(笑) 今回はじっくり時間をかけて作るって事をしっかりできたと思うんで、それをできた今の感覚で今度は速度感で断片的な僕らの感覚を切り取ってみるっていうのもやってみたいですね。
■磯野: サクっと作るのもできると思います。 作品を重ねるごとにメンバーのセンスに対しての信頼も増していってるんで、作品のディレクションとかで合意しながら進んで行く速度は今までにない感じでいけると思います。
■中野: 早く作れる事によって新鮮でうまいものもありますからね。 新たなトライがまだまだあって尽きないですね。
※1「コットンクラブ」… 東京丸の内にあるジャズ、R&B中心のライブレストラン。
※2「クリス・デイヴ」… ヒップホップ界の最重要ドラマー。 国内では宇多田ヒカルの最新アルバム参加等でも知られる。
※3「ロバート・グラスパー」… グラミー賞等でも最優秀R&Bアルバム賞を受賞する等、今世紀のジャズシーンで最重要視されるアメリカのジャズピアニスト。