世界基準現役女子高生。
— これまでeggmanにはライブで度々出演してもらってますが、本誌初登場という事で、改めて自己紹介をお願いします。
■ Meik (以下 “M” ): シンガー&ダンサー、高校三年生18歳のMeikです、よろしくお願いします!
— Meikさんといえば、歌唱力とダンススキル、SOUL/FUNK的なディスコサウンドの楽曲の3つが今やアイコンになってますが、今日はこのスタイルが出来上がるまでの経緯を色々聞かせてもらえたらと思います。 まずは元々の音楽を始めるきっかけ、これはいつ頃、どんな事だったんですか?
■ M: 小さい頃からダンスをやっていて、ダンスの曲でマイケルが使われることが多く、その頃からマイケル・ジャクソンが好きだったので、ダンスを始めたところからが音楽の入り口でした。 最初は歌は苦手意識があって、ダンスだけだったんですよ。 もちろん子供の頃は家のベットに立って歌うのを家族に聴いてもらう、みたいな歌ごっこはしてたんですけどね(笑)。 5歳から地元の静岡でダンススクールに通って、そこで選抜ダンサー数名のユニットを組んで、東京のキッズダンスコンテストに出たりとか、キッズダンサーとしての活動を暫く続けてました。 そこから小学3年生の時にEXILEさんの事務所のスクールの特待生オーディションを受けて、何百人の中から2人っていう枠に、最年少で選んでもらえて、静岡から東京まで毎週一人で通って、ダンスレッスンをしてもらってました。
— 一人で…?!
■M: はい(笑)、東京にぽつんと一人でランドセル背負った田舎の子供が行ってたって考えると、結構な冒険でしたね。 ガラケー握りしめて泣きながら通ってました(笑)。 それと同時進行で以前所属していたグループ J☆Dee’Zの活動もスタートして、当時はダンスグループとして活動してました。
— その時の経験の中で、一番今の自分の音楽活動に影響があった出来事って何ですか?
■ M: やっぱりEXILEさんのツアーのダンサーとして全国のホールとか、アリーナを一緒に回らせてもらえた事ですね。 花道でEXILEのメンバーが歌って踊ってるのを間近でずっと見てて、 “自分もメインでライブに出たい!” って思ったのが今の活動に繋がってるきっかけですね。 私が地元でやってたグループ時代から応援してくれてる人とかもそのツアーを見にきてたりして、何万人もいるお客さんの中からバックダンサーの私に「Meikちゃーん!」って声をかけてくれる人がいたりして。 凄く嬉しかったんですよ。 その時に、いつかメインでステージに立って歌って踊りたい!って思うようになって。
— 歌を意識するようになったのはそれから?
■M: そうですね、歌に関しては最初は声の出し方すら分からないような状態からのスタートで、声にコンプレックスもあったし、本格的に歌と向き合うようになったのはソロになってからです。
— ダンスの方はマイケル・ジャクソンの影響ということですが、どうやって身につけていったんですか?
■ M: 最初はお姉ちゃんの通ってたダンススクールに遊びに行ったのがきっかけでした。 自分では記憶がないんですけど、お母さんに後々聞いたらその後家に帰って復習してるお姉ちゃんと一緒に見よう見まねで私も踊ってたみたいで、お母さんがそれを見て私もダンススクールに入れてくれたみたいなんです。
— その時はもう小学校の体育にダンスが取り入れられてた時代?
■ M: まだでしたね。 だからその時代、私の地元では周りにダンスをやってる子って全然いなかったんですよ。 テレビではDA PUMPのISSAさんがMCのダンス番組「スーパーチャンプル」とかは放送されてましたけど。
— そういう意味では地元にいる時から最先端だったんですね。
■ M: とりあえず見た目は結構浮いてました(笑)、髪型もブレイズとかコーンロウとかだったし(笑)。 学校に行く時は校則で黄色い帽子を被るんですけど、私だけ帽子浮いてました(笑)。
— 髪型のボリュームでね(笑)、リアルHIPHOPの人のスナップバック引っ掛けるスタイルみたいな(笑)。 それにしても学校通いながら東京に通ってダンス活動して…遊ぶ時間全然なかったんじゃないですか?
■M: そうですね、その当時はキッズダンサーの仕事が相当忙しかったんで、学校をお昼までで早退させてもらったりして、なんとか両立させてた感じです。 だから学校のみんなの中には「TV出てるの見たよ!」とか声をかけてくれて応援してくれる人もいれば、私だけ早退したり休んだりしてるのをよく思わない人ももちろんいたし、そういう部分で悩んだ時期もあったんですけど、基本負けず嫌いな性格なんで「いつか見返してやる!」って思ってがんばってました(笑)。
待ってるだけじゃダメだ、自分から行かないと。
– そんな中J☆Dee’Zではガンガン活躍してた訳ですが、脱退後、ソロでの活動を決めた時の事も聞かせてください。
■M: なんにもなくなっちゃう、って思ったんですよ。 せっかく上京してきていろんな経験もしたのに、って。 それで、どうしても音楽とダンスを続けたくて、グループの時にお世話になっていた今のプロデューサーさんに直接電話して、「もう一回私のことを見てもらえませんか!?」ってお願いしたんです。 そしたら「もちろんだよ」って言ってくれて、めっちゃ号泣したのを覚えてます。 16歳の時でしたね。 それまでは親に入れてもらったスクールで始まったダンス活動だったり、そこから発展していった特待生やグループでの活動だったけど、初めて自分から動いて自分のやりたいことを捕まえに行く行動を取ったのが、その電話だったと思うし、あの電話をあの時してなかったら今の活動はなかったんだろうな、って思うと自分に取ってのすごく大切なターニングポイントだったと思います。 そこからプロデューサーと会って話して、今の自分の状況を細かく説明して、どういう活動をしていくか、沢山話し合いながらちょっとずつ作ってきた感じです。
— 毎回ライブ現場でも、そういうスタッフの方々との信頼関係の良さ、伝わってきますね。 チームの連携も含めて今までの活動の全部が今のMeikさんの音楽性と活動に反映されてるんだな、と。
■ M: 確かにこれまで出会ってきた人たちもそうだし、ダンスにしても、歌にしても、地元でダンスしてた時の事、東京に通って特待生やってた時の事、グループで活動してた時、やって来た事全部が今の自分に繋がってます。
— ソロ活動において最近のトピックとしては、ブラックビスケッツの「タイミング」のカバーが話題になりましたが、これはどんな流れでカバーする事に?
■ M: これはグループ活動時代から面識のあったDJダイノジさんからのレコメンドから実現したカバーなんです。 DJイベントでもよく曲をかけてたくらいDJダイノジさんお気に入りの曲だったんみたいなんですけど、ある日「Meikちゃんがタイミング歌ったら絶対カッコいいと思うんだよね」って言って下さった事があって。 それでマジになっちゃって、実際カバーさせてもらう事になりました(笑)。 元々自分の好きな音楽も、お母さんが家で聞いてた音楽から影響受けてる事が多くて、あの時代の曲がどストライクなんで、カバーできて本当に楽しかったですね。
— 元々の音楽体質的にフィットした楽曲だったんですね。
高校生活最後のライブ。
— ソロ活動開始後はeggmanでの初ワンマンが大盛況だったり、リリースも重ねて忙しい活動がまた続いてますが、12/21には更にステップアップしたステージとしてclub asiaでのワンマンが控えてますね。 これはどんなライブになりそうですか?
■M: 自分に期待して見に来てくれる人達ひとりひとりが本当に「来てよかった!」って満足して帰ってくれるようなライブに絶対しようと思ってるんで、ただ単純に歌が良いとか、ダンスが良いとか、そういう満足度よりもっと上で、何かこいつに魂感じるな、って思ってもらえるような、みんなの心を動かせるライブを目指して、今絶賛準備中です。 まだ皆さんに披露していない、新たな部分もあるので、皆さんの想像を超える私の全部を注ぎ込んだライブにしたいですね、気合い入れて楽しもうと思います!