私は対峙する。久方ぶりに眼前の奴と「目」を合わせながら。老いず死なずの奴は身体の無敵さの極致と裏腹に、つぶらな瞳を持ちあわせそしてまたその裏腹に繰り出す鋭い眼光が私の身体を石と化し、妙な緊張感を醸し出すのだ。
あーー心が冷や汗をかいている。アセアセフキフキ。
ご無沙汰しております。サカキナオと申します。
鮮やかな桃色が街を覆っていた4月も終わり、ゆく春が惜しまれるこの頃。夏との狭間を感じさせる緑の空気を堪能しながらワタクシは日々あくせく過ごしております。
さて今回は「食」について一つ話そうかと思います。
「食」というとえらく雑把な書き方をしてしまいましたが、皆様「食」と言われてどんな言葉が思い浮かびますでしょうか?
栄養、娯楽、美味、健康、、、(江斗背虎)
とまぁこんなところでしょうか。
あまーーーーーい。そんなもんじゃあない。
皆様「食」について、日が当たっている部分しか見えていないようだ。それでは危ない。抜けているのだ。この連想ゲームには大きな抜けがある。
それは「恐怖」である。
今回のコラムを通じて、「食」の「恐怖」について皆様にお伝えできればと。ワタクシ啓蒙活動のつもりで筆をとっている次第でございます。
それでは小噺を。
まずは幼少期の頃まで遡らせていただきます。あれはたしか我が家族だけでなく、友人の家族とも一緒に出かけており、かなり大所帯でのお食事会のことでした。
そのお店では席自体が生け簀に浮かぶ船のようになっており、そこから釣った魚を捌いて食べるといった子供心をくすぐる、いや年を重ねてもワクワクといった感じのお食事会でございました。きっと当時大人たちもワクワクしていたのでは。
そんでもってそのとき生まれて初めて「魚のお造り」を食らったのですが、これが全ての始まりでした。
そう始まってしまったのです。
幼きワタクシが刺身に手を伸ばした次の瞬間「バチっ」と衝撃が、というかその魚と目が合ったのです。
魚のお造りですから当然頭が添えられているのですが、そいつと目が合った瞬間、急に私の身体は恐怖に支配され後ろに倒れそうになりました。
己でもなんのこっちゃわかりません。
いやいやコイツはもう死んでるんだ。おいどんの方がずーーーっと強いんだ。だってこっちは生きてるもん。
自己暗示の末、もう一度お刺身チャレンジ。身をつまみ「ホッ」と安心した次の瞬間、一瞬こっちに顔を向けてきたのです。
いやはや今思えば「オモイコミ」なのでしょうが当時のかわゆいワタクシにはそう見えたのです。さながら「俺を食うのか?」とでも圧をかけられたような心持ちでございました。
それからというものの生命を宿していないはずの「目」に恐怖するようになりました。毎回ではないですよ?ふとした瞬間にたまーーに思うのです。もちろん現在もたまーーに思うのです。
時は進みまして「お魚のお造り事変」からのち、大きくなったワタクシはあの恐怖を感じる機会も少なくなり、そんなことに恐怖していたなんてことさえ忘れておりました。
しかし、またあの恐怖に震えることになるとは夢にも思わなかった、、、。
舞台はアメリカのボストン。ディナーとしてお出ましたのは名物ロブスターでございます。
当時ロブスターを食したことはなく、頭にあるのはザリガニの仲間らしいということと不老不死とされており、食われること以外では死なないらしい。といったなんとなくの知識のみで、どんなもんなんだろうかと幾分かワクワクしながら待ち構えておりました。
そして少し待っていると銀の皿に乗った、しかし銀の蓋で隠されているお目当ての奴がテーブルにセットされました。
店員がパカっとゆっくりと蓋を開けるとそこには丸茹でにされたロブスターが。丸茹でなので確かに死んでいるはずなのだが、まるで生きているかの如くそこに煌々と居座っているのです。
店員から背中にナイフを入れ、己で開けて食べるよう指南されたのでいざ実食。
その時でした。「バチっ」と懐かしい衝撃が身体に走ったのです。
ん?なんだ??空腹と長旅による疲労、睡眠不足がゆえ身体が変になったのか。ならば尚更早く食せねば。
「バチっ」再び衝撃が走る。
鈍感を極めるワタクシでも分かった。
まずい、奴と、、、目が合っている、、、。
真っ赤に茹で上がった否、烈火の如く感情が昂り、怒りで真っ赤になっちまったロブスターがワタクシの視線をつかんで逃がさないのです。
ワタクシに何かを訴えかけようとしているそのつぶらな瞳。その瞳に見つめられながら否、睨まれながらその背にナイフを入れるなんぞできるわけ、、、。
どーしよおーーーこわすぎるよおーー
蘇る幼少期のお魚のお造り。しかしこっちだってもうガキじゃねえんだ。いざ出陣!!
人生を大きく変える一大決心をし、奴の背にナイフを入れたそのとき。
「イタタタタタタタ」
おっとっと、遂にここまでワタクシもおかしくなったか。背にナイフを入れられた奴がワタクシに命乞いをしている(ように聞こえた)のです。
いや、冷静に考えてそんなわけないだろ。コイツもう死んでるんだぜ。そして意を決してナイフを上から突き刺してやりました。すると奴はこっちに顔を向けてきたのです。
ありえない、、、けど、でも絶対に一瞬こっちに顔を向けてきたのです。
万事休す。もう駄目です。ワタクシは全てを諦め、空腹のなか奴を食うのをやめました。
目の前の友人は「お前も食べないのか??まぁ他の皆も長旅で疲れて食事中なのに寝てるし」とのこと、、、。
いや違うのだ。とその友人にロブスターが繰り出す恐怖の数々を告白し、逆に貴様よく平然と食えるな。などと強すぎる返す刀。友人苦笑いなのであります。
コイツ信じてくれてねえな、、、。おいどんはもう本当に本気なのに、、、。
それから数年。またまた時は進みまして、時間軸は現在。今コラムの冒頭に戻ります。ワタクシ奴と久方ぶりの対峙をしているのです。
なぜそのような珍事になったかと言いますと、ふと道を歩いていましたらワタクシの視線を釘付けにするデッカい看板と出会ったからなのであります。その看板には懐かしき例の奴がデカデカと描かれていたというワケでございます。
どうやらこの看板を携えますお店はロブスターを提供してくれるなんとも珍しいレストランのようで、いつか食べに、、、いくことも、、、あるかもしれない、、、。
看板に描かれた奴を見るだけでこんなにもドキドキしているのに、心は冷や汗をかいているのに、果たして再戦の末、勝利はできるのだろうか、、、。
いつの日か奴と和解できるときがくるのかしら。
アセアセフキフキ。
いざ、、、再戦、、求、、ム、、、。