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the quiet room 「Where is the stone?」
- SPECIAL -

the quiet room 「Where is the stone?」

Stone in the “海辺の街へ” #2

「例えば海に行きたくなったとするじゃない」
「うん」
「そうしたら、本当に行けるか行けないかは一旦置いておくとしてもさ。”いつ行こうか?”じゃなくて”車出すから今から行っちゃおうか”って言って欲しいわけ。そういう思い切りのあるひとが好きなの」
「それってもしかして僕のこと?」
「そうね、あなたのこと割と好き」
「あはは、割とね」

車は国道沿いをひた走り、そろそろ海辺の街が見えてくる頃です。運の良いことに本日は見渡す限りの快晴で、こんな日に海に行きたい気分になった自分を褒めてあげたいと思っています。というか、せっかくだから褒めてみようかな。

「ねえ、こんな気持ちの良い天気の日に急に思い立って海にいくことを提案したわたし、最高じゃない?」
「ああ、そうだね、最高だ。僕ひとりじゃ絶対に思いつかなかったよ。部屋から出ることすらしなかったかも」
「でしょう!わたしって素晴らしいわ。感謝してほしいわ」
「はいはい、ありがとうね。ずっと面白い話をしてくれるし、目的地までしっかりナビもしてくれるし、助手席に座る人間として申し分ないよ。素晴らしい」
「あはは、どういたしまして」

もちろん本当はあなたがこんなワガママに付き合ってくれることにも、長時間運転してくれることにも、とっても感謝しているのだけど、素直にお礼が言えなくて困っています。目的地に着いたらアイスくらい買ってあげましょう、と頭の中でも若干の上から目線。ごめんなさい、いつもありがとう。

「そろそろ着くからね。降りる準備しておいて」
「え、もう海に着いちゃうの。やっぱり車って早いのね」
「まあ、こんなにスムーズなのは僕の運転が上手だからだろうね。またドライブテクニックが炸裂してしまったなあ」
「そういうのいいから。ねえアイス食べたくない?」
「食べたい」
「わたしが買ってあげましょう!」
「いいね、最高だ」

このあと車を降りたら、いつもより少しは感謝の気持ちを伝えられたらいいなと思っています。いくらあなたが優しくても、このままじゃいつか嫌われてしまいそうだもの。思いつく限りの飴と鞭、ちゃんと使いこなすから、いつまでも、どこまでも、わたしを車に乗せて運んでください。叶うならずっとわたしをあなたの助手席に座らせてください。なんて、そんな恥ずかしいこと絶対言えない。ああ、念願の砂浜が見えてきました。

「色づく日々より愛を込めて」収録 “海辺の街へ”より