《1/fの揺らぎ、樹上のホワイトノイズ。羊水のなかで聞いていた、それ。》 吉牟田 直和[Bass]
今年の夏はいつにも増して静かな日々になりそうだ。とはいえ、寂しさはまだ少ない。ようやく梅雨が明けたばかりなので気温は高くない。クーラーをつける代わりに窓を開けている。冷凍庫の中身は空。いつもならばこの季節にはアイスキャンディでいっぱいになっているはずなのに。それでも丁度良い寂しさだ。セミの鳴き声が聞こえて来る。囁きのような室外機の音が聞こえて来る。静かすぎるということはないようで安心する。三十三歳の夏。活動の制限されたミュージシャン。最近は若い頃にはどうしても入り込めなかったはずの芥川龍之介を読んでいる。軽い怪談話を聞くつもりで、ちょっと腰掛けに入った喫茶店で飲むカフェラテのような、そんな気軽な気持ちで読んでいる。
芥川の短編を読み進めていると、もちろん読書だけの日々ではないが、数日が経った。たった二、三日の間にグッと夏が増す。セミの鳴き声が太くなり、じりじりとコンクリートから放射された熱が淀む。心なしか室外機の音も耳障りになった。それでも私は夏のこういうところが好きだと思う。例えば、強い日差しは、強い影を生む。大騒ぎの時間が来たと思えば、暑を避けるのが生き物の性なのか、午後の初めには急に静かになる。生き物の気配がない住宅街のコンクリートに陽炎がたっている。セミの鳴き声だけはいつまでも元気だ。
いつだって夏は劇的である。
また数日をあけて書いている。夏は盛り、もうセミの亡骸が道端につぶれている。聞いた話によると、35度以上の気温になるとセミさえも熱中症で死んでしまうらしい。いやはや、日々というものは、突然のように過ぎ去っていく。ようやく私は芥川の短編集を読み切ったが、九州にくらべてとても短い東京の夏はもう、少しずつ収束に向かっていくのだろう。
さて、八月という季節に、ギュッと濃縮された夏があまりにころころと様子を変えるから、私はなんだか少し騙された気持ちになっている。芥川の短編を快く読める日が来るとは思いも寄らなかったし、マスクを外すことが出来ない夏が…。いや、数ヶ月もこのことばかりを書いている気がする。もう止そう。人生というものは、そもそも不条理なのだ。矛盾に満ち溢れているものなのだ。いくらなにかを想おうが、いくらなにかを信じようが、いずれ失われる運命にある。昼寝でもして、静かに次の小説を開くことにしようと思う。
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《1/fって何すか。》 村上 学[Vocal/Guitar]
12才で宮崎の実家を出て、鹿児島の私立中学に入学し、それと同時に始まった私の寮生活の話。そして夏のある日の夜、寮の廊下で卒倒した話。
四月、父母に連れられて初めて部屋を訪れた日。部屋は203号室。一年生3人、二年生2人、三年生3人、計8人。父母とともに、宮崎のお土産の日向夏のビスケットを、ルームメイトとなる先輩方に渡し挨拶をする。
挨拶を済ませた先輩たちは皆とても優しい人で、良い部屋に入れたと安心していたのも束の間、まだ挨拶をしていない一人の3年生についての話を聞く。彼の同級生の吉田さんは言った。「もう一人、倉本っていうやつがいるんだけど、そいつ、まだしばらく寮に戻ってこないと思うよ」と。「どうされたんですか?」と慣れない敬語で尋ねると吉田さんは言った。「倉本はね、“ジタクキンシン中”なんだよ」。“ジタクキンシン”?そんな言葉は塾でも習っていない。話を聞くと、“ジタクキンシン”は“自宅謹慎”であることが判明し、理由は倉本さんの“ヤカンハイカイ”だった。夜間徘徊。次々と知らない四文字熟語が出てくる。さすが私立中学。
話によると、倉本先輩は寮が消灯する23時を過ぎた深夜、先生たちが寝静まった頃に、寮を抜け出し、吉野家の牛丼を食べに行ったのがバレて、自宅謹慎という罰を与えられていたのだった。倉本先輩は吉野家から戻ってきたところで先生に見つかり、最初はトイレに行っていましたと言い訳をしたものの、「なんでお前は2階の生徒なのに1階のトイレに行くんだ」と詰められ、反抗虚しく翌日からの拘留(寮ならびに学校の先生との面談、文庫本くらいの反省文の執筆)を余儀無くされ、間も無く自宅に送還されたのだった。
入学初日に聞いたこのニュースは12才の私にはかなりセンセーショナルだった。「23時以降に部屋を出るとジタクキンシンになる」という刷り込みは私を眠れなくしたし、なにより、夜間にトイレに行くのが怖くてたまらなかった。それは夜のトイレにお化けがでるとかそういう意味ではなく、先生に出くわさないか、あるいは“ヤカンハイカイ”の誤認逮捕への恐怖だった。そして12才の私は、夜以降一滴も水を飲まなくなった。消灯後にトイレに行かないためだった。そして、しばらくしたある日、私は廊下で倒れた。脱水症状だった。私が向かったのは吉野家でも、実家でもなく、薄暗い医務室だった。
しばらく暑い日が続きますが、こまめな水分補給を。熱中症はお化けよりも、ジタクキンシンより恐ろしい。
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[テスラは泣かない。]
L→R
吉牟田直和(Bass)/飯野桃子(Piano&Chorus)/村上学(Vocal&Guitar)/實吉祐一(Drums)
印象的なピアノのリフレインを武器に、圧倒的なライブパフォーマンスで各方面から脚光を浴びる、鹿児島発4人組ピアノロックバンド。インテリジェンス溢れる音楽性と、エーモショナルなライブパフォーマンスを融合させた、他の追随を許さない孤高のロックバンドである。
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