10月20日
『ソフト化の日』
「ソ(10)フ(2)ト(10)」の語呂合わせ。柔らかな発想で、これまでと違ったことをやてみるという「ソフト化」を広く呼びかける日。
「偏った考え方はもはや思考停止と同じだと思うんだよ僕は」
「あら、そう?」
「フレキシブルに行動すること、フレキシブルに対応すること。もうこうなってくると柔軟性の時代なんじゃないかと」
「ふウん」
さほど興味がなさそうな女の相槌に男は身を乗り出して話を続けた。
「ステレオタイプに物事を進めていくとするだろう? そうすると脱線した先での発想ってものが皆無になる。すなわち、先もずっと形にハマり続けるということだね。今までの時代はそれで良かったのかもしれない、でもこの時代を生きていくにあたって個人の力や個人の思いつきに値段がつく未来がやってくると思う。こんな話があるんだ」
「何?」
「レシートの写真一枚あたりに10円払う、というビジネスを始めた奴がいる。これが一体どういう風にビジネスに繋がるんだと思う?」
女はろくに考えもせずに首を傾げた。「さア」
「この情報をまとめて企業に売るんだよ。例えば企業がアンケートを取るとするだろう? そうだな、じゃア、好きなサンドイッチはなんですか、と。そうすると人間は匿名であっても自分を取繕おうとするんだよ。本当はとんかつが挟まったサンドイッチを食べる頻度が多いにも拘らず、全粒粉のパンに挟まったエビサラダのサンドイッチを食べてる、って書いた方がなんとなくかっこいいと思ってしまうんだよね。だから本当に正確な情報を企業は獲得しづらい。そこで、だ。嘘の付けないレシートの写真を各個人から大量に買い付けて、正確な情報として企業に売るってわけ」
「そうなんだ」
「しかもな、驚くなよ」女が反応しないのを見て男は続けた。「このビジネスを考えた奴は中学生なんだ。そしてこのビジネスは大成功している。たった一つのアイデアが大量の金を生む。この事例からもわかるように、柔軟性を持ってひとつひとつの物事を捉えることで可能性は無限に広がる、と。そういうことだ」
女は一度トイレに立ち戻ってくると、男の目の前に座った。そのタイミングで男は再び話し始めた。
「対人関係もそうだ。友達だから、こう、とか。先輩だから、こう、とか。例えば僕らの場合だと夫婦だから、こう、とかね。先入観を排除して、さらに深い関係になる可能が大いにあるっていうことなんだよ。妻というものは、夫というものは、結婚というものは、っていう考え方は幾つもの可能性を殺していることとイコールなんだよね。固定観念、システムをソフト化するっていうのかな、かたい物を柔らかくするんだよ。乾き切ったそれらに水を注ぐ感覚かな、そうやって開ける道が」
女は男に手のひらを向けて喋るのを制した。鼻からため息を吐いて男を真っ直ぐ見つめて言った。
「つまり何? あなたが言いたいことは」
「うん」
「ワイシャツにファンデーションつけてパンツの裏表が逆になって帰ってきた夫を、妻は浮気以外の選択肢も考えてみる必要があるってことが言いたいの?」
男は幾度か頷いた。
「そうだな、浮気という選択肢はたったひとつだが、そうではないという選択肢は無限にあると。僕はそう思うんだよ」
「引っ叩くわよ」
「違うよ、ソフト化だよ」
「は?」
「ほっぺたペチンだぞオ、が正解だね。そして無限にある選択肢の中から」
フルスイングで叩かれた頬から、乾いたかたい音が響い