──『旅に出る準備』という日本語タイトルにも顕著なんですけど、あきらかに大きな変化を果たしているアルバムだと思います。これまでと同様に、海外のインディミュージックからの参照と昇華はしているんだけど、最早そういった方法論を飛び越えてストレートに届くサウンドのポップネスと歌の推進力を獲得したなと思っていて。まずは武井くんの手応えから聞かせてください。
武井:今までもいい作品を作ってきて、それ相応の手応えはあったんですけど、今作はまず周りの反応が違いますね。
──周りというのは?
武井:メンバー、スタッフ、エンジニアさん。あとは、一足早く聴いてもらった友人のバンドマンたちの反応が今までと違いますね。「めっちゃよくない? すげぇ変わったね」って言われますし、メンバーもエンジニアさんもアルバムを作ってる段階から、かなりいい作品になるんじゃないかという予感を覚えていましたね。
──武井くん自身もこのアルバムで大きく変化しようという能動的な意志を持っていたのではないかと思うんですけど、どうですか?
武井:いつも洋楽のインディとかを聴いて「こういうバンドになりたい」って追いかけていく感じで曲を作っていたと思うんですけど、このアルバムで作った曲ってそういう感覚がなくて。
──うんうん、それはすごく感じる。
武井:時代感がないというか、自分から出てきたものを、ただただ信じながら曲を作ってましたね。
──時代感がない=普遍的な音楽を目指すとも捉えられる。今まではオンタイムで自分が聴いている洋楽を自分の曲にフィードバックすることが、武井くんの音楽人生における生き甲斐みたいなところがあったと思うんですよね。でも、そういうことじゃなくなったんだなって。
武井:そうですね。それだと100点が取れない気がして。今までやっていたことは結局自分じゃない自分になろうとしている作業だったと思うんですよね。洋楽のインディに憧れて「自分もこんな曲が書けるんだ」って確認するのもおもしろいんですけど、でも、それよりは自分から自然に出てくるものと向き合ったほうが、オリジナリティが出るし、それが俺なんだろうなと思って。俺自身からすると、「またこういう曲が出てきた。俺っぽいなぁ」って思うからヘタしたら、トキメキは少ないかもしれないんですよ。でも、それが結局俺なんだったらそれを貫いたほうが健康的だなと思って。
──人の借り物じゃないからね。ちゃんと自分たちの独立した表現でありポップミュージックをクリエイトできるという。それが本当の意味でできた最初のアルバムなのかなって。
武井:ちょっと覚めたという感情もどこかであって。
──覚めたというのは?
武井:超情熱的に時代の音楽を追い続けることから一瞬覚めたような気がするんですよね。そのミーハー感に嫌気がさした感じが自分の中であって。それよりも去年1年でライブの現場の空気に刺激を受けたほうが大きいんですよね。最新の洋楽を追いかけるよりも、ライブで起きるマジックみたいなもののメカニズムのほうに興味が湧いたんです。
──それはもう、武井くん自身がリスナーというよりも、ミュージシャンとしての自分を真ん中に置くようになったからでしょう。
武井:それだと思います。
──刺激を受けたライブってたとえば?
武井:近いところだとsumikaはすごいライブをするなと思ったし、フレデリックのライブも超おもしろいなと思いましたね。大御所で言ったらスピッツもそうだし。その中でもやっぱりsumikaは衝撃を受けました。どの現場でも主役になれるんだと思って。そういうことに対して昔の自分だったら他人事だったんですよ。「彼らはそういう星のもとに生まれた人で、自分とは違う」って割り切っていたんですけど、それに対して悔しさを覚えたり、羨ましいって思うようになったんです。
──武井くん、ほんとに人としてもすごく変わりましたよね。
武井:やっと普通になった(笑)。
──名言だね(笑)。これまでは武井くんのパーソナリティも歌のあり方もどこかシニカルなニュアンスが帯びていたところがあったし、それはそれで魅力的な要素でもあったんだけど、今はそれを完全に取り払ったなと思う。
武井:今は暑苦しいくらいのほうがいいなという思いはありますね。僕は何もかも変わっていくのが遅いんですよね。でも、人間って考え方次第でいつでも変われると思いますよ。僕は人の付き合い方も変わったんですよ。去年、飲み友達をめっちゃ増やしてみたんです。それまではいつも同じような友だちと飲んでいたんですけど、それこそSKY-HIと遊ぶなんて昔の自分だったら考えられなかったし。
──それは新たな刺激を得たいと思ったからですよね?
武井:刺激を得たいし、自分が今まで生きてきたなかで得たコミュニケーション能力がまったく知らない人たちと会う場でどこまで通用するのか試したかったのもあって(笑)。そしたら、意外と通用したんですよね。だから、全然ウジウジする必要はないなって。周りの人を見てると堂々としてるんですよね。俺はいつもウジウジしていた気がする。それをやめたんです。それで普通にコミュニケーションを取ったら自分自身も開けていく感じがあったんです。
──そしたら、自ずと自分から生まれる音楽も変化していった。
武井:go!go!vanillasの牧(達弥)くんと飲んでるときに言われたんですよ。「ウジウジしている部分が絶対にライブにも出るので、武井さんもどんどん変わったほうがいいっすよ」って(笑)。「マジか、めっちゃアドバイスくれるやん」と思って(笑)。
──そして、自分が変わったらライブも楽しくなった。
武井:楽しくなりましたね。
──前はライブするのあまり好きじゃなさそうだったもんね(笑)。
武井:だいぶ嫌いでしたね(笑)。ライブがイヤなときは多々ありました。たとえばうしろのほうで腕を組んで観ている人が多かったら、「もうこの人たちは無理!」ってなってたんですけど、今はその人たちの心をいかに解せるかを考えますね。そういう人たちも巻き込んでいきたいと思うので。あとは、フェスとかでも「チェコってどんなもんやねん?」ってフワッとした気持ちでステージを観てる人たちに面食らわせたいという気持ちもあるし。
──武井くんのなかで、このアルバムに向けたモードにおいて最もスイッチが入った曲はどれですか?
武井:「好奇心」という曲ができた瞬間かな。去年の年始くらいまではまだこのモードに到達しきれてなくて、疑っているところがあったんです。徐々に変わりたいと思い始めた時期だったんですね。そんななか、「好奇心」ができて、「急にこんなポップで8ビートの曲を作ってどうした?」って思われるのかなと気にしつつメンバーに聴かせたら、みんなの反応がよくて。
──クラシックのテイストも入ったスケール感のデカいロックアンセムなんだけど、ちょっとTHE BLUE HEARTSのような趣さえあるなと。
武井:そうそう。それが自分でもフレッシュで。それで、急に推し曲候補が年始にできたってなったんですよね。この1曲があったらこれからなんでもできそうだなと思えたというか。今まで実はシンプルにポップな歌ものを突き詰めてやってきてなかったんですよね。そこまで行き切っちゃうとちょっと恥ずかしいという気持ちもあって。でも、このタイミングでしっかりAメロ、Bメロ、サビ、Cメロで構成した曲も好きで作れるんだけど、避けていたところを思い切ってやってみようと思って。さらに「好奇心」をライブでやってみたときの反応もよくて。ライブの舞台監督が奥さんに聴かせたら「初めてチェコの曲でいいと思えたって言ってたよ」っていう声もあり。それでこの曲は間違いないんだなと思いました。「好奇心」というワードはすごくチェコっぽいし、俺っぽいなと思って。結局、俺自身がこの感情のファンなんだと思ったんですよ。
──「好奇心」という感情のね。「この感情のファン」ってすごくいいフレーズだね。「好奇心」は歌詞の筆致も振り切れてるしね。
武井:振り切れてるし、俺っぽいなと思いましたね。飲んだらいつもこんなことばっかり話してるなって。
──歌詞はこの曲のみならず全体的に少年性が強いなと思った。それはもともと武井くんが持っているものなんだけど、ダイレクトに表現することをどこかで照れていたし、「それをやったところで人に届くかな?」という疑念があったと思うんですよ。
武井:それもやっぱりなれないものになろうとしていたからだと思うんですよ。でも、素直に表現したらこういう歌詞になるっていう。
──「好奇心」の歌詞にも「旅人」というフレーズが出てくるんだけど、アルバム名もそうだし、「旅」というのはキーワードだったのかなと。
武井:意識していたわけじゃないんですけど。というか、「好奇心」に「旅人」というワードが入ってることに今気づきました(笑)。
──無自覚だったんだ(笑)。
武井:無自覚でしたね。でも、人生を旅に捉える感覚が自分の中にあるとは思います。一本の物語であり、一つの旅だったり。
──ロードムービー的というかね。
武井:映画でもロードムービー的な世界観が一番好きなんですよね。
──「好奇心」が生まれてから、他の曲もどんどん生まれていったんですか?
武井:できていきましたね。
──1曲目の「LALALA」は?
武井:「LALALA」は最後のほうでできました。「前に進んでいこう」みたいな曲がだんだん出そろってきて。「LALALA」も「好奇心」と同じような気持ちで作ってたんですけど、ドラムの(山崎)正太郎が「前に進んでいこうという気持ちをいっぱい曲にするのはとてもありなんだけど、俺らって感謝の気持ちを曲にしたことなくね?」って言ってきて。それで、今まで出会ってきた人たちや出来事に「ありがとう」じゃ足りない思いがあることを曲にしようということになって。それで「LALALA」ができたんです。
──今のやり取りもそうだけど、今はメンバーみんなが等しく同じ方向を見ている感じがしますね。
武井:足並みがそろった感じはありますね。
──きっと足並みがそろってない時期もあっただろうし。
武井:今までは勝手にみんなが俺に合わせて足並みをそろえてくれた感じだったんですよ。それは申し訳なかったと思いますけど、今はいい足並みのそろい方をしていて。
──いつもチェコがニューアルバムを作るときは1枚前のアルバムの反省から始まっていたところがあったと思うだけど、このアルバムはそういうことじゃないもんね。フェイズが違う。それは最初に言ったように、『旅に出る準備』というタイトルからしてそうなんだけど。初めての日本語表記のタイトルで。11曲目のタイトルがアルバムの冠にもなったのはどういった流れからだったんですか?
武井:この曲は歌詞ができてないオケの段階からイントロのリフがめちゃくちゃチェコ節だなと思って。この感じはひさしぶりだし、俺のなかでも待っていたという感覚があって。この感じがきたなら、次のアルバムは思いっきりチェコらしいアルバムになるだろうと確信できたので。歌詞はアルバムを作るってなって曲をどんどんメンバーに投げているときにできたんですけど。アルバムの曲が11曲そろったときにこれをまとめるワードがないってみんな言っていて。ずっと悩んでたんですよ。(メジャー1stアルバムの)『NEVERLAND』というタイトルが絶妙だったから。このアルバムも『NEVERLAND』感があるなと思ったし。でも、11曲をまとめるなら『旅に出る準備』しかないなと思って。タイトルだけでもわかりやすい変化ですよね。思いっきりモードが変わったことがタイトルだけでもわかるし。
──だいぶ勇気が要ることでもあったと思うんですよね。ここでも振り切ってるわけで。
武井:悩んだけど、これしかないと思って。
──あらためて、SKY-HIとコライトした「タイムトラベリング」も大きかったと思います。
武井:大きかったですね。音楽的にもそうだけど、人としての出会いという意味でも大きくて。SKY-HIの仕事に対する姿勢もすごく勉強になりました。プロとしてのカッコいいと思って。オンとオフの切り替えもすごく上手い。普段はワンパクな感じなんだけど、1秒後には急にスイッチが入ってるみたいな。彼には恩返ししたいという気持ちも強いので、もっと上のステージに俺らがいったときにまた会いたいなって思います。
──個人的に2曲目の「テレパシー」がすごく好きで。ニューウェイブというか、テクノポップな曲で。こういう曲調で、ライブにおけるお客さんとのコミュニケーションを歌っているのがすごくいいと思った。
武井:ライブで深く繋がりたいという気持ちはあって。Cメロの歌詞はそういうことを考えて書きましたね。
──タカハシ(マイ)さんとの掛け合いもこれまで以上に効果的に機能している。
武井:この曲はほんとに上手くいきましたね。うれしい1曲になりました。
──モータウンビート調のポップなサウンドで男女の物語を描いている「Spring」も然り。
武井:そう、これもまさにデュエットソングみたいな。「今までなんでこの武器をちゃんと使わないで逃げていたんだろう?」って思いますね。武器をフル回転という感じです。
──一方で、「チキンレース」のような抜けのいいバンド感の強い曲もフレッシュで。
武井:これは「タイムトラベリング」を作ってる時期に生まれていた曲で。とんでもなくキャッチーな曲ができたなと。あとはギターの左右の掛け合いとか、王道であり俺が好きな手法であり、アークティック・モンキーズから受けた影響をこのタイミングで活かしたら新しく聴こえるような気がして。
──5人になって5周年。結成で言うと──。
武井:結成が2010年なので、8年ですね。超長ぇ。
──あっという間でしたか?
武井:あっという間でしたね。ちょうど昨日もそんなことを思い出していたんですけど、まだ正太郎と2人で吉祥寺あたりのスタジオにリハに入ってるときのことを鮮明に覚えてますもん。1曲目で声が枯れたとか(笑)。それが8年も前かって思うとちょっと怖いですね。
──こんなに長くチェコが続くとは思ってなかった?
武井:全然思ってなかったです。
──逆になぜここまで続けられたんだと思いますか?
武井:周りに助けてくれる人がいたからだと思いますね。チェコを続けられているのはほんとに感謝しかないですね。誰かが脱退していたら解散しただろうし、応援してくれる人がいるから期待に応えたいというのもあるし。
──今はシンプルに、ストレートに、ライブの規模もどんどん大きくしていきたいと思えてるだろうし。
武井:そうですね。この先はどんどん上がっていきそうな予感もあって。これで報われなかったら、神様はどうかしてるなって(笑)。もちろん、そんなに甘いことではないというのもわかってるんですけど、意外と世の中は上手くできているという楽観的なところもあって。
──どんどん具体的にイメージして、口に出したほうがいいと思う。
武井:そうですね。ほんとに武道館とかでもライブができるようにならないとって思ってます。
──このアルバムだったら演出もいろいろ考えられそうだし。
武井:そう、ライブをテーマパークみたいな場所にしたいと思って。それも一つの大きな目標です。