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Heavenstamp interview
- SPECIAL -

Heavenstamp interview

覚悟が削ぎ落とし生んだ稀代の名盤

 

フルバンドから2人編成となり、バンドの核を試される状況でHeavenstampが生み出した回答は、蒸留した2人の音楽性を、直接的に感じられるシンプルな方法論で組み立て、アートにする事。 最新作「天国印鑑を聴きなさい」は、これまでにこのバンドが持ち合わせていた神秘性にざっくりと切り込み、よりメンバー2人の人間性や音楽性がサウンドから感じ取れるようとにかくシンプルに、必須要素だけで形成された、力強さを感じる作品だ。 また対極的に特筆すべきは、素朴になれど尚在り続けるハイブランドなセンス。 メロディーからサウンドからビジュアルまで、全方位に渡って高く保たれている彼らの感覚水準は今回もひとえに美しい。 プレイスタイルはしなやかにかたちを変えながら、音楽の本質は捉えたら離さない。 バンドのオリジナリティーを更新した確かな1フェーズを感じる今作は、一過性で流れの変わる今の日本の音楽の中にあって、既存の濁流に飲み込まれずに独立する新しいひとつの流れのようだ。

Interview & Text : 鞘師 至

この為に今までやってきた、って言えるもの

ー 今作、一聴して覚悟のようなものを感じたよ。 まずもって曲構成、アレンジとかがシンプルで曲の良さで勝負してる感じ。 複雑な細工でなくてね、服脱いで体で勝負します、みたいな。 ライブで表現できる音楽にフォーカスしたのかな、と。 

■Tomoya.S ( Gt 以下 “T” ): 削ぎ落としたっていうのは、曲がそれを呼んだのもあるけど、要らないものをどんどん無くしていっても成立するのが見えた、って感じかな。 ギターの歪みすらもうあんまり要らないな、ってレベルなんだよね。 意外とシューゲイザーっぽい曲でもバッキングはクランチ気味だったり。 

ー 確かにトリルで単音引いてるギターフレーズも歪みと空間系のエフェクターが薄い感じ、ピッキングのニュアンスが以前より出てるよね。

■T: うん、ギターの音はアタック感までこだわって作り込んだね。

ー 今回はフルアルバムでのリリース。 これまではE.Pリリースが多いバンドだったけど、今回はアルバムにしようとした意図ってあったの?

■T: 元々結構前からこの作品はアルバムで出そうって思って決めてたんだよね。 本当はもっと早くにアルバムとしてリリースしたかったくらい。 ただメンバーが2人になったり、バンド内の色んな質感が流動的に変化していく中で、今のバンドのベストな状態での音の出し方、曲の作り上げ方にようやく辿り着いたのが今のタイミングだったから、このタイミングでのアルバムリリースに照準を合わせた感じだね。 

■Sally Cinnamon ( Vo/Gt 以下 ”S” ): 今回のコンセプトは最初から “名盤を作る” だったから。 こだわりはこれまでで一番強かったですね。

■T: “名盤を作る” = “ 聴いてくれた人にとって、人生のサウンドトラックになるようなものを作る” ていう事ね。 俺たちも実際これまでにいい音楽にたくさん出会ってきて、一生ものだと思えるアルバムっていうのがそれぞれあるように、今回のアルバムもそういう存在になるようなものにしようと思って作ったんだよね。 こちらが作っておしまいじゃなくて、聴き手の一生の宝物になってずっと残っていってくれるものを作りたい、と思って。

■S: ここ5年位で、以前よりもライブでお客さんとの距離が縮まって、直接顔が見えたり、お話もできるし、お手紙を貰ったりもするし、お客さんから直接反応をもらえる事が多くなったんですけど、自分が思ってた以上に、自分たちの音楽が聴いてくれる人の人生に入り込んでるんだ、っていうのを知る事ができたんですよね。 デビューしたての頃は、ルールになってたんでライブ会場で物販に立つ事ができなくて、どういう人が支持してくれていて、どういう表情でいてくれてるんだろう、とか具体的な反応が得られないが故に状況を把握できてなかったんですよね。 それで暫くしてから大人の人達に「お願い!」って頼み込んでようやく物販に立たせてもらって。 今ではアコースティック編成でライブしたりもするし、なにせお客さんの反応がダイレクトに伝わってくるんですよね。 そういう場面でその人たちが自分たちの音楽を支えにしてくれてる事を知れたのが、今回一生モノの名盤を作りたいって思うきっかけでした。

ー そう考えるとバンドって面白い存在だよね。 自分の作品を作るっていうよりは、みんなの思いをかき集めてみんなで共有できる共通項の遊び道具を代表として作ってる、みたいな。 自分だけのものではなくて、リリースした以降、聴く人全員含めたみんなの所有物になるんだよね。 しかもそれが10年、20年と聴き続けられるものもある訳じゃん、凄い事だよ。

■T: そうだね、俺も未だにモーツァルト聴くからね。 彼は1756年生まれの人だから、200年以上前の音楽だよ。 音楽は死んだ後も世の中に残るし、その先の時代の誰かを元気付けるかも知れないって信じてるから、ほんと尊いものに関わってると思うよ。 今回の俺たちのアルバムもそうなってくれたらなって本当に願ってる。

■S: 今回、曲数としてはあと2、3枚はアルバム作れる位の数作ったんですけど、そこから選りすぐった曲だけを入れたんです。 入らなかったどの曲も全然いいクオリティーで仕上がったんですけどね、本当に厳しいジャッジで、”名盤に入れるには…” っていうハードルを自分たちに設けて、そこに適った曲だけを今回入れました。

■T: アレンジが完成していて、歌詞も出来ていて、ライブで演奏できる準備も整ってる曲で、1度だけライブでやってみて初見なのにお客さんも結構盛り上がってくれた曲っていうのもあったんだけど、それでも外した曲もあったね(笑)。

ー あとはこの10曲でなければアルバムの流れ的にこの雰囲気が崩れてしまうっていう、絶妙なバランスで仕上がってるアルバムだっていうのもあるかもね。 それぞれの曲のキャラクター、役割分担がしっかり振り分けられてる、というか。 ここに別の曲1つ加わっただけでもバランス崩れちゃうのかもね。

■T: そうだね。

ー ちなみに今回音も相当クリアで素晴らしいけど、例えば「Around the World」ではラッセル ( ラッセル・リサック(Gt) / Bloc Party )がレコーディングでギターを弾いてるんだよね? 今作、レコーディングは日本で?

■T: うん、日本でやったよ。 ラッセルにはギターを弾いて貰ったデータをメールで飛ばして貰ってミックスしたんだ。 今回は音質に関しても十分納得いくまでこだわれたから、例えばリズムもタイトに録れてるし、逆にヨレてるところなんかも、狙って出してるニュアンスばかりで、ちゃんと誤魔化さずにクリアに出してるんだ。 そういった意味で迷いがない作業ができたお陰かな、音質の面でも自分達もすごく気に入ってる。 実は今回マスタリングの時にコンプで音圧を上げてないんだよ、ミックスした状態で楽曲並べてみてその状態が既にすごく良かったから、ミックスしてそのまま完成。 これまでの全音楽的ノウハウを駆使できたよ。

ー 今でしか作れなかったアルバムって訳だね。 経験値とか、想いとかがこれまでの分積み重なった状態で発揮したセンスとか判断を以って作ったものなんだね。

■S: 本当にこれまでの全てを糧にしてやりましたね、歌詞に関しても。 

ー 今回歌詞は全てサリーさん作詞?

■S: 「頰を染めたり」(M5)はトモヤで、他にも「Around the World」(M7)、「春の嵐」(M10)、「Plastic Boy Plastic Girl」(M2)はトモヤとの共作ですね。 それ以外は私が書きました。

ー パーソナルなコンセプトの歌詞は、よりパーソナルな魅力に振り切れて、「Around the World」や「春の嵐」みたいな救いの歌はより救世主感が増したよね。

 

■S: トモヤのアイディアが入ってる歌詞は、世界広がってる曲が多いですね。

ー サウンド面を作ってる感覚で音と歌詞のイメージをコネクトする作業がトモヤくんにはあるのかもね。

■T: まさにそうかもね。

 

ー 「頰を染めたり」では “レベルアップ” とか、 “経験値” とか、ちらほら言葉のチョイスがトモヤくんっぽいな、と思った(笑)。

■T: あぁ、そこはドラクエ好きが出てしまったかな(笑)。

ー 「ダークサイドへおいでよ」(M9)はなかなかパーソナルな内容ですね。 男にめちゃくちゃ怒ってるけど、この主人公はサリーさん?

■S: これ、全部私の体験な訳じゃないんですけど、色んな友達から聞いた話なんかも踏まえて、ダメンズに引っかかっちゃった女子の気持ちを歌う曲を作ったんです。 早くも女性のスタッフの方とか、同じような経験をした方々からかなり共感してもらっていて、支持率高い曲です(笑)。 こんな瞬間だって人生にあるよね、っていうダークな部分すらさらけ出した方が、聴く人に伝わるんだなぁ、と思いました。

ー サリーさんの場合、こういうすごく感情的なパーソナルな部分がたまに作品から伺えていいよね。 ギャップ萌え的な。 初めの頃はクールなイメージが先行してたからね。 このアルバムで所々見える女子感がとってもいいバランス。

■S: 以前よりも、ライブや歌詞で自分をさらけ出すのが怖くなくなったのはあるかもしれないです。

ー なんだか聴いてくれる人の事を想って歌詞を書くようになったね。

■S: うん、実際そうかもしれないですね。 例えば「夏の抜け殻」(M3)は、ラブソングとして聴いてもらっても勿論いいんですけど、内側のメッセージとしては “夢をなくしてしまった” とか “大切なものや人をなくしてしまった” 人の事を歌った曲で、街を歩いていてすれ違うたくさんの人を見ていて思った事を書いた歌詞なんです。 それぞれパーソナルなドラマがあって辛いことだってあるんだろうけど、街ですれ違う人たち、みんなけっこう平気な顔して過ごしてるんですよね。 そういう人たちに自分の歌が寄り添えたらいいな、って思って。 

がんばろうじゃなくて、寄り添っていたい

■T: 「Monday Morning」(M8)でもサリーは同じ感じの事を言ってるよね。 街ゆく人たちはみんな色々抱えてるんだよなぁ、って。

■S: そう、この曲は初めてトモヤがボーカルをとった曲なんですけど、歌詞は私が書いてます。 途中に地下鉄のシーンがあるんですよ。 ”僕は改札を出て歩いて行く” ていう締めくくりなんですけど、いろんな人にいろんな事情があって気づかないうちに街で平気な顔してすれ違ってるその人達の中には、思い詰めて線路に飛び込んでしまう人もいる訳ですよね、事実。 そういう気持ちにある人たちをとどまらせたい、っていう気持ちがあって、最後をこういうフレーズで締めくくったんです。 切羽詰まって突発的に思い早まってしまう時すら人生にはあるけど、ちょっと待って!まずはそこを抜け出そうよ、っていう想いがあって。

ー 気持ちの持ち様だからね、ポジティブに生きるもネガティブに生きるも。

■T: そう、絶対起こるからね、生きてればとんでもなく悲しいこととか。 “人生のサウンドトラックにしたい” っていう想いはそういう意味でこの歌詞にもリンクしてるんだよね。 楽しい時に一緒に騒ぐだけじゃなくて、めちゃくちゃしんどい事もちゃんと共有できるっていうか、理解し合って一緒に前向くみたいな、人生に寄り添うアルバムにしたい、っていう。

■S: 誰かが落ち込んだ時に、立ち直るスイッチ押せる音楽になっていたい、っていうのがありますね、“時にはダークサイドに落ちてもいいんだ、サリーも落ちてるし(笑)” とか思ってもらえて、結果的に元気出してくれるきっかけになれたらうれしい(笑)。

ー 人間性が音楽に染みてくるようになったね。

■S: 5年っていう歳月と経験のおかげだと思います。

表現は自由な方向へ

ー ていうか、トモヤくん遂に歌ってるじゃんね!「Monday Morning」。

■T: そうなのよー(笑)、遂に。

ー 突発的すぎて一瞬誰か分からなかった(笑)。 けど2フレーズ目の発声の癖で、あ!って。

■T: あそこのフレーズ、癖があるもんね。 その自分っぽいところがちょっと照れくさい(笑)。 俺久しぶりに歌ったからさ、最初けっこうしっかりした発声で歌い上げかけたんだけど、「もっと歌詞の内容を読んで ”けだるく” 歌って」ってサリーから指導が入って、ハッとしたんだよね。 表現力よりも上手さを追求しそうになった…って(笑)。

■S: 何度も「すいません、もっとヘタに歌ってもらっていいですか~」って、録り直した部分です(笑)。

ー これほんと、トモヤくんが歌っても全然Heavenstampの曲だったんだよね。 どういうかたちの技法でアウトプットしても “らしく” なるっていうのは、やっぱり二人が自分たちの音楽を深く理解してるからだな、と。 こんなにハマってると逆になぜ今までは歌わなかったのかな、って…

■T: う~ん、たまたまかな。 “絶対このバンドでは俺は歌わない!” って決めてた訳じゃないし、今回歌おうと思ったのも本当に思いつきからなんだよね。 

■S: 2人編成になってからアコースティックでいろんなライブもするようになって、コーラスワークをこれまで以上に二人で掛け合いするようになってからの、トモヤのメインボーカル案だったんだと思います。 実際やるところまでいったのは今回が初ですけど、前から軽く話しは出てたんですよね、「トモヤも歌ってもいいんじゃないか」って。 音楽のかたちは自由でいいと思うから、トモヤは声良いしどこかでリードとったら絶対面白いって。 

■T: 確かにやり方はどんどん自由になっていってるね。 もはやボーカルが誰って固定してないし、インストがあってもいいかもしれないし、「愛を込めて、ウェンディ」(M1)はライブじゃ俺がバスドラ踏んで、ベース弾いて実際2人で演奏してるしね。

ー アイディアっていうのは誰から見ても納得のその人のオリジナリティーだもんね。 そのアイディアをやっていったらどんどんそのバンドならではの音楽になっていくって事だよね。

今はひとつも足りないものがないし、無駄なものもない

ー ちなみに「愛を込めて、ウェンディ」以外の曲も2人で演奏したり?

■T: 全部の曲をアコースティックにリアレンジして2人で演奏できるようになってるね。 「Dr. Moonlight」(M6)は俺がピアノを弾いたりして。 とにかく二人でもやれるし、フルバンドでもやれるし、このバンドは自由で良いと思うんだ。 メンバー2人になった時からいい意味での開き直りというか、スイッチ入った感じがあったのかもしれない。 堂々と2人だけで演奏できるようにならなきゃな、っていう。 結果今やれてるプレイスタイルがすごく柔軟で、やりたい事が具現化できてるから、メンバーが抜けた事を強みに変えられたって事かもね。

ー 狙いがシンプルになった分、サウンドもシンプルでひとつひとつのアクセントが目立つから、これまで以上にキャッチーになった感じがする。 例えば「春の嵐」のギターのフランジャーがかかってる1フレーズとか。 今までディレイ、リバーブのフレーズはヘブンらしいイメージとしてあったけど、このフレーズは遊びを効かせてるなぁと思った。

■S: そうですね、これだけ余分なものをそぎ落としたからこそ、際立ってきてるんだと思います。 

■T: 例えば演劇とかミュージカルとかを見に行った時に、いっぺんに何人もがセリフを言ってたら、聞き取れないもんね。 それは事実で、その瞬間瞬間で耳がいく音って基本1種類の音だから、ひとりの人間が聞き取れる位までそぎ落とした音がやっぱり強いよね。 今回のアルバムでは同時に何人も喋っちゃってるような事は絶対に起こらないようになってるよ。 そこは追求したね。

ー 今回はそういうシンプルさとか、2人で表現できる世界観とかの狙いをすごく感じる作品だけど、ヘブンの音楽、この先更にはどういう方向に進んでいくのかな?

■T: 音楽的にはね、全部打ち込みの音で音源作ってみたいとかね、逆に今回よりもっとフィジカルなものも作ってみたいと思ってるよ。 例えば、チューニングしないで何時間も演奏して、クリックも使わずに一発録りで録音する、とかね。 音程もリズムも機械で整頓されたものが出回る今の世の中にあえて調子外れなものを作ってみたいな、とか(笑)。 とにかく自由に、縛られずにやりたい、って思っているよ。 

■S: とにかく今作で見出したこの音楽を広げたいっていう一心ですね。 これまでに一度ヘブンを知ってくれてる人でも、最近の5年間のインディーでの活動を知らない人も沢山いると思うんです。 で、今回自分たちのこれまでの活動の集大成的なものが作れた手応えがあるので、このアルバムをもって改めて “これが私たちの考える良い音楽だ” っていう提示をしていきたいんです。 これだけそぎ落とした上で残った要素で構成してる音楽、これは本質的に良い音楽だなって思うんですよ。 大きい願望だけど、これが日本の音楽の新たな始まりだ!って自他共に認めるものに、なっていきたいですね。

■T: この音楽を以ってめちゃめちゃ売れたいよ(笑)。 ちゃんと自分たちの音楽でね。