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渋谷龍太 from SUPER BEAVER 愛すべきマイナー記念日達
- SPECIAL -

渋谷龍太 from SUPER BEAVER 愛すべきマイナー記念日達

8月4日
『吊り橋の日』  日本最長の鉄線の吊り橋「谷瀬の吊り橋」など、村内に約60カ所の吊り橋がある奈良県十津川村が制定。「は(8)し(4)」語呂合わせ。

「ジェットコースターだよ」
「なんで」
「お前、吊り橋効果って知ってるか?」
背の高い男は特に応えず黙ってコーヒーを飲んだ。思いの外熱かったのか一口飲むと少しだけ
眉を寄せテーブルに戻した。向かいにいる背の低い男は得意げに話を続けた。「吊り橋はほら、
高いところにあるだろ、そして揺れるだろ。そうすると人はどうなる? 不安や恐怖を抱くよな。そうするとだな」
「知ってるよ」
「え」
「緊張体験を共有した相手に、恋愛感情抱いちゃうってやつでしょ? 知ってる」
「なんだよ、お前、先に言えよ」
背の低い男は不機嫌そうにマグカップに口をつけると、熱ッ、と声を上げた。
 「君が先に話進めちゃっただけでしょ。それに、その吊り橋効果って誰にでも使えるものじゃな
いんだよ」背の高い男は一つ、咳払いをした。「あれが使えるのはね、美男美女だけなんだ」
「そうなの?」
 「うん。むしろ美男美女以外の人間が吊り橋効果を使うと逆効果なんだよ。この不安で不快な緊
張感は状況のせいではなく、目の前の人が原因だ、って人間はそう解釈するようにできているらしい」
「都合いいな」
「都合いいんだよ」
  やる瀬のない沈黙の中で二人は熱いコーヒーを飲んだ。背の低い男が思いついたように顔をあげた。
「どうしたの?」背の高い男が訊いた。
「それじゃ逆手に取ろう」
「と言うと」
「緊張体験が逆効果ならば、緩和体験だ」
「緩和体験」
「吊り橋と対になる体験をさせれば、対になる効果も出るんじゃないかな?」
背の高い男は腕組みをして考えた。「吊り橋と対になる体験というのは即ち、不安や恐怖と対義する体験ということだよね」
「そういうことになる。安全且つ快感的な体験。ん、密閉された部屋の中でフットマッサージなんていうのはどうだろうか」
「屋外、危険、緊張。対してこちらは、屋内、安全、緩和」背の高い男が一つ一つをつなぎ合わせるようにして呟いた。
 「そうだ、その通りだ」背の低い男は人差し指をピンと立てた。「遊園地デートをする奴なんざ
間が抜けている。しかも戦略的にジェットコースターに女性を乗せて不安や恐怖心を抱かせるなん
て男の風上にもおけないよな、さっきまでの自分が情けない」
 「つまり我々のような男がデートに誘うなら」
「密閉された部屋でフットマッサージ」
「決まりだ」
二人のハイタッチが店内に響いた。勝利を讃え合うように二人はマグカップを合わせた。
そのあとは先ほど見てきた映画の話や、最近テレビでよく見かけるタレントの話などをしばら
くしていたが、時間が経つにつれ徐々に表情を曇らせて行った。
 「同じことを、考えているのかもしれないな」背の低い男が言った。
 「同じことを考えている気がするよ」背の高い男が応えた。
 深刻な表情を浮かべ、一度唇を湿らせると背の低い男が言った。
「密閉された部屋でのフットマッサージは、不安で恐怖だ」
「不快で緊張だ」背の高い男は言った。「そして僕はもう一つ考えてる」
「奇遇だな、俺もだ」背の低い男は言った。「それが例えば、美男美女だった場合、だろ」
 背の高い男は神妙な面持ちで頷いた。
「うん」
「都合いいな」
「都合いいんだよ」
再びやってきたやる瀬のない沈黙はコーヒー冷まし、背の高い男は深く眉を寄せ、背の低い男は、ぬるい、と漏らした。