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テスラは泣かない。 1/f
- SPECIAL -

テスラは泣かない。 1/f

《1/fの揺らぎ、樹上のホワイトノイズ。羊水のなかで聞いていた、それ。》 吉牟田 直和[Bass] 

 ジャレド・ダイアモンドの「銃、病原菌、鉄」という名著をやけに苦労して読み切ったことがあるのだが、そのときにはなにも思わなかったものの、今になると案外胸を打っていたことに気付く。ユーラシア、アメリカ、アフリカ、オセアニア…さまざまな地域があるが、その土地の人間たちが人類の誕生から数万年かけて「持てるもの、持たざるもの」に結果的に分けられた理由を学術的に解き明かしていく本である。詳しくあらましを書くと長くなってしまうので割愛するが、資本主義の格差が生まれるまでに起きたのは「偶然」の連続である。例えば、栽培に適した植物が自生する地域であったか否か?家畜に適する動物が自生する地域であったか否か?そんな小さな偶然が長い時間をかけて積み重なり、やがて今に連なっていく。
 読んだ当初は「そうなのか、ふむふむ」とその程度の感想だったと思う。しかし、それからしばらく経つ今でもふと頭を掠めることがある。人ひとりの人生とは、長い歴史のなかでみるとなんとも小さい存在なのだろうという諦めである。たったいくつかの偶然の行先が、これほどまでに「持てるもの、持たざるもの」という残酷な結果を生むのだから、そこには人間個人の意思や才能などといった要素は限りなくゼロに等しい。個人の生というものは、結局のところ大河の一滴に過ぎないのである。という、そんな諦めだ。
「諦め」という言葉を使うと、どこか悲しい響きをするかもしれないが、それはとても大事な感覚だと思っている。なにか悪いことがあったときには、それもまた小さなことだと諭してくれる。なにか良いことがあって気が大きくなりそうときには、それもまた小さなことだと諌めてくれる。人の欲望は限りないゆえに、同居不可能なものを求めてしまうことも多くあるが、それでも、まあ所詮人の人生なんて小さいものなのだから、と諦めさせてくれる。
 人生には心を揺り動かすことは往々にしてある。しかし、なにに悩もうがなにかで失敗しようが、調子に乗ろうが、よっぽどのことを起こさない限りどうせ歴史には影響しないから大丈夫なのである。大丈夫という気持ちに辿りつかせてくれる言葉は強い。それは諦めでもあるし、安心でもあるし、ただ思うように生きればよいのだという許しである。
 とっ散らかってしまったが、今月も自分の思うように生きているので、皆さまも心優しく生きていて欲しいという願いを込めて筆を置く。

 

《1/fって何すか。》 村上 学[Vocal/Guitar] 

今月26日フルアルバム「MOON」のリリースを前に、先月某日に事務所で雑誌の取材を受けた。アルバムについて存分に話をさせていただき、取材は終わり、帰途につく電車の中でそれは起こった。
渋谷駅から山手線内回りに乗り込む。その日はまだ緊急事態宣言が発令されていない平日の夜で、電車は帰宅する人で満員だった。私は、ドアの近くに立ってつり革を握り立っていた。私と向かい合う形で二人の高校生の男の子が喋っている。すると、その青年のうちの一人が、私の方をじっと見て、ハッとした顔をした。
(ん?もしかして私のこと知っているのかな?もしかしてテスラは泣かない。を知ってくれているのかな!?もしかしてファンと遭遇したパターン!!?…)とこちらも構えていると青年がついに話しかけてきた。

青年「あのー、すいません、もしかして…」
村上「はい、なんでしょうか?(完全にこれは、遭遇パターンだ!こんなことは滅多にない。丁寧に対応しよう。いやあ、嬉しいなあ。)」

青年「もしかして、西脇さんですか?」
村上「あ、違います。(誰やそれ。)」

完全に浮かれていた。
取材でアルバムをたくさん褒めていただいたことを引きずって、アーティスト気取りをぶちかましていた。恥ずかしい。今すぐこの電車降りたい。

青年から話を聞くと、どうやら“西脇さん”は青年の地元の先輩らしく、私と目元が似ていたらしい。しかも西脇さんは現在、東北に住んでいるはずだから、東京で会えたと思ってビックリして話しかけたらしい。国民全マスク着用時代の到来により、こういう事例は少なくないかもしれない。

村上「ちなみに西脇さんは何歳なの?」
青年「僕の6つ上だから、えーっと、24歳です」
村上「ふーん(まあ、悪い気はしないなあ。)」

若く見られた喜びと、自意識過剰だった反省を胸に、私は本来降りるべき駅の2つ前で電車を降りた。ホームから空を見上げると、雲の隙間から大きな満月が優しい光を放っていた。


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[テスラは泣かない。]
L→R
吉牟田直和(Bass)/飯野桃子(Piano&Chorus)/村上学(Vocal&Guitar)/實吉祐一(Drums)
印象的なピアノのリフレインを武器に、圧倒的なライブパフォーマンスで各方面から脚光を浴びる、鹿児島発4人組ピアノロックバンド。インテリジェンス溢れる音楽性と、エーモショナルなライブパフォーマンスを融合させた、他の追随を許さない孤高のロックバンドである。
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