-過去にリリースしたアルバム3枚が初期3部作という括りだったようなのですが、その後はシングル2枚のリリースということで初期から先に進んだというイメージでしょうか?
吉澤嘉代子(以下…吉):そうですね。デビュー前にアルバム3枚分のイメージを持っていて、その構築に向けてリリースなどをさせてもらっていたのですが、デビュー後にまた違う世界観のイメージもできてきていて、今はあらたな構築に向けて進んでいるという感覚です。またアルバム3枚分くらいあるので少し時間はかかってしまうと思いますが。
-構築したいイメージに向けて進んでいく形なんですね。
吉:楽曲の世界観の幅が結構広いので、どういう形でより良い形で聴いてくれる方々届けていったら楽しんでもらえるかというのは考えています。出来ないのに完璧主義な部分があるので、あらかじめイメージを明確に持って進めていくという今のスタイルが合っているのかなと思います。
-今お話しにもでてきましたが世界観の幅の広さというのは吉澤さんの魅力の一つだと思います。今作の「残ってる」も前作の「月曜日戦争」からガラリと雰囲気変わっていますし。頭の中での切り替えが大変そうな印象もあります。
吉:楽曲制作の時にそれぞれの曲の主人公の目線での物語を描くようにしていて、曲ごとにその主人公になりきってトリップしているような感覚もあるので、切り替えているというよりは曲ごとにまったく別物という感じですかね。幅が広いのであっちにいったりこっちにいったりフラフラしているように思われることもありますが、芯は変わっていなくて、やっていること自体はずっと変わっていないとは思います。
-今回の楽曲はただのお別れソングじゃなく季節感も取り入れているところがキーポイントの一つかなと感じました。
吉:そこは一つこの曲の特徴ですね。今回の曲の主人公は友達から聴いた話がきっかけでした。いかにも朝帰りっぽい雰囲気の子がいて、なぜ朝帰りっぽいと思ったかというと、その子が夏の服装だったらしいのですが、その日は急に涼しくなった朝だったんです。その日は急に涼しくなったから街の装いが変わっていたのにその女の子だけは昨日の夏の装いのまま。この話を聞いた時にこの曲の情景がどんどん頭の中に浮かんできて、その様子を曲にしようと思ったんです。その日から常に私が朝帰りの気分で街を歩いていました(笑)。その主人公の気分でいると普段と同じ場所でも違った景色に見えることもあって、季節が変わるともちろん景色も変わるので、そういった部分でこの主人公を表現していけたらと思いました。
-想像力豊かですね。
吉:想像力だけが取り柄なので(笑)。あとは一つ一つ世界観に浸りやすいですね。人の話が聞こえなくなるくらい(笑)。
-その想像力であったり集中力は吉澤さんの楽曲制作の根底だと思います。今回の楽曲は情景が想像しやすい現実的なワードは使いつつも、幻想的な世界観を作れている印象を持ちました。
吉:生々しい表現をするのが苦手で、自分が表現するものを聴いてほしい!という意識より、聴いてくれる人が自分自身を投影できる箱のような存在になれたらいいなという気持ちがあって、年齢も性別も超えた疑似体験みたいな感覚になってほしいなと思っています。感情の部分はリアルな表現はしつつも、物語は客観的な部分も表現したいと思っているので、そういうところでそう感じてくださったのかもしれないですね。
-では吉澤さんは主人公でもあり、監督やカメラマンのような裏方の側面もありそうですね。
吉:それぞれ操られているような感覚ですかね。
-吉澤さんが紡ぐ言葉についても聞いていきたいのですが、まずは「残ってる」というタイトル。「残っている」ではなく「残ってる」という口語での表現が良いなと感じました。
吉:普段は逆に「~してる」と歌っていても歌詞としては「~している」と書くことも多いのですが、この曲に関しては主人公のイメージとして少し稚拙な若さとか軽率な感じを表現したかったのでこの“い”を抜きました。些細なことなんですけどね。
-全然些細ではないと思いますよ。むしろこの“い”を抜いたことがすごく大きいと思います。
吉:「残っている」だとちょっと大人な雰囲気になってしまうし、言葉も強くなりますからね。そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。ありがとうございます。
-あと歌詞の部分で「いかないで」という言葉が4回続く強調が印象的でした。この「いかないで」がこの曲のタイトルでも納得できるくらいこのフレーズのインパクトがあるなと。
吉:確かに!そう言われてみたらそうですね。この4回同じ言葉が続く部分は感情がダダ漏れしてしまっているイメージです。この部分だけこの主人公の感情がすごく見えて、本音。この主人公が一番思っている感情ですかね。
-もう一つ歌詞の部分で「昨日を生きていた」という表現が秀逸だなと感じました。言葉の意味はわかるけれども、この言葉を実際にしたことって僕はないかなと。生きているという現在や未来を表す言葉と昨日という過去を表す言葉のギャップが面白いと思いました。
吉:これも確かにですね。明日に向かってGO!みたいな曲をあまり作らないんですよね。明日とか未来をプラスと捉えると、昨日とか過去ってマイナスだと思うんです。でもこの主人公においては明日とか未来がマイナスで、幸せだった昨日はプラスなんですよ。だから昨日を生きていたという言葉はこの子にとっては大事なキーワードです。
-今回サウンドプロデュースはMETAFIVEのゴンドウトモヒコさんということで、アコギ主体のバンドサウンドが非常に良い雰囲気ですよね。
吉:そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。20歳の頃に雑誌で知って、それからずっと一緒に制作をやってみたいと思っていたゴンドウトモヒコさんと念願叶って今回プロデュースしていただけて光栄でした。アコギ主体ながらもエキゾチックなメロディーラインも入っていて、いろいろとワガママを言わせてもらったのですが、私の想像を超える素晴らしい出来にしてくださったので、本当にお気に入りです。
-そんな曲のあと、2曲目には-ピアノと歌-というバージョンも収録されていますね。このアレンジを収録したコンセプトを聞かせてもらえますか?
吉:この曲は出来たときからすごく好きな曲だったし、アルバムは作品全体を聴いてもらうイメージなんですが、シングルはその曲そのものを聴いてもらうということに注力しているので、別バージョンも作ってみたかったんです。スタッフさんや周りの方々も別バージョンも聴いてみたいと言ってくださったので作らせてもらいました。シングルだから出来る、この曲を活かすということを考えました。ピアノを担当してくださった伊澤一葉さんはツアーや制作でもお世話になっていて、伊澤さんのピアノでこの歌を表現したいなと思って今回ご一緒させてもらいました。ピアノありきではなく伊澤さんありき。ピアノバージョンを作りたいから伊澤さんではなくて、伊澤さんとピアノバージョンというところがすごく大事です。
-シンプルがゆえに非常に難しそうな印象です。
吉:すごく難しかったです。先ほどお話しさせてもらったゴンドウトモヒコさんとのレコーディングの数日後にこのバージョンのレコーディングだったのですが、バンドアレンジとは全く違って、細かい息づかいや揺れなども聞こえてしまうようなものだったので、すごく大変でした。最初に伊澤さんのピアノと一緒に録って、そこから歌はもう一度録ったりしていたのですが、「歌に合わせてちょっとピアノ弾き直すね」と言って伊澤さんがピアノをもう一度録ったり、本当に細かくこだわって時間いっぱい使って試行錯誤しました。構成要素が少ないからこそ、聴こえ方とか混ざり方が大切だったので。歌とピアノが半分ずつ大事な要素のアレンジになっていて、伊澤さんとでしか作ることができなかったと思います。2番のAメロを伊澤さんが本来とは違うラインを弾いていて、「そこすごく良いですね!」と言ったらまさかのミスで(笑)。でもそのラインがすごく良くて、ミスから生まれたアレンジを使ったんです。自分の中でそのアレンジがすごくお気に入りです。1曲目にゴンドウトモヒコさんバンドアレンジがしっかりと成立してこの曲を表現してくれていて、私にとってのスタンダードな物が収録されているからこそ、このバージョンが収録できたと思います。自由に制作をさせてもらって、今まで作ってきた音源の中でもかなりお気に入りの曲に仕上がりました。
-相当自由ですよね。終盤部分のピアノとか。
吉:伊澤さんが大丈夫かなって心配していました(笑)。まさに-ピアノと歌-という曲ですし、伊澤さんとだから出来た曲で、伊澤さんに弾いていただけて本当に良かったと思っています。
-そんな濃厚な2曲が収録されている今作の初回盤にはライブDVDもつきますね。
吉:このDVDに収録されているライブは世界観もすごくこだわって作り込んでいて、自分でも改めて見るのが怖いくらい(笑)。今回の収録曲とはまた違った前作のアルバムの世界観をたっぷり堪能できると思うので、そこも楽しんでもらえたら嬉しいですね。
-ライブといえば10月からお茶会ツアーもありますが、どんなツアーにしたいですか?
吉:DVDに収録されているライブとはまた全く違って、会場やライブの編成も小規模でお客さんとの距離が近いライブになるので、いろいろコミュニケーションとれたらなと思っています。半年~1年前から準備をして私の頭の中に広がる世界観で投影している普段の私のワンマンはではなく、ラフな世界観もお客さんに楽しんでもらえたら嬉しいです。