5月5日
『こどもの日』 1948年7月に公布、施行された祝日法によって制定された祝日です。子供の人格を重んじ、 子供の幸福を図るとともに母に感謝することを目的にしています。
「けつの青いガキのくせにって言われたよ」
「あいつ、何かにつけて絶対言うじゃん」 「蒙古斑、もうねエのにな」紙パックから伸びたストローを加えた男がジャージのお尻を叩いて 勢いよく立ち上がった。 「国語教師のくせにあいつ口悪いよな」ブレザーのネクタイを緩めた男が笑って言った。 通学路の途中にある公園の前を、下校する生徒たちが通り過ぎてゆく。紙パックの底でストロー がズズズと音を立てた。ジャージの男は姿勢をただし息を短く吐いた。
「シュート」 公園の角にある金網状のゴミ箱に綺麗に吸い込まれた紙パックをみてブレザーの男は手を叩い た。「お、流石だねエ、元バスケ部は」
「元サッカー部なんですけど」 「あれ、そうだったっけ? まアいいや。んで、なんで怒られたの?」 「進路相談。高校出たらどうすんだ、って訊かれたんだよ」
「で、お前なんて答えたの?」
「今決めなくたって全然食ってけますよ、って言った」 ブレザーの男は笑った。「そりゃお前、生意気だわ。けつの青いガキのくせに案件だわ」 「うるせエな、わかってるよ。だいたい、あの進路相談ってのは余計なお世話だろ、なんか腹立っ てきてどうでもよくなちゃったんだよ。進路に悩んでる奴らが有志で集ってやってもらえばいい。 選択肢がないやつだっているんだ」 ブレザーの男はそれを聞いて、ジャージの男の家庭環境を思い出した。ただ2、3度軽く頷いて 足元の石を蹴飛ばした。 公園に隣接してそびえ立つ団地のどこかから布団を叩く音がした。見上げると女がベランダで 一心不乱に布団を叩き続けていた。ブレザーの男が言った。 「けつが青くなくなるのは、いつなんだろうな」
「だからけつ青くねエんだって」 「あはは、知ってるよ。そうじゃなくて。なんて言うのかな、いつから大人なんだろう」 ジャージの男がブランコに勢いよく座って、そのまま漕ぎ出した。「んんと、それは民法第4 条の話ではなくてってことね?」 「お前さ」ブランコに近づいて、ブレザーの男は言った。「もしかして、ちょっとだけ頭いい?」 「俺ね、ちょっとだけ頭いいよ」 「ふウん。あ、そうだよ、なんか胸張って大人って言えるの、いつからだろうって」 「そうだなア、ビール飲むようになったらかな」 「お前さ」ブランコの前の柵に腰掛けて、ブレザーの男は言った。「もしかして、やっぱりあん まり頭よくない?」
「ううん。俺ね、ちょっとだけ頭いいよ」
「ふうん」
「それじゃア。えエと。いつから胸張って大人って言えるんだろう、って思わなくなったときじゃ ないか?」 「おオ、真理っぽい。じゃア、いつまで胸張って子供って思えてたんだろう、って思ったときだ」 ジャージの男はブランコを漕ぐのをやめた。ほんの少しだけ赤くなってきた空を見上げると、 カラスが一羽円を描くように飛んでいた。 「いつまで胸張って子供って思えてたんだろう、って感じたときにはもう子供には戻れないんだ よなア」
「当たり前だね」ブレザーの男も倣って空を見上げた。 「いつから胸張って大人って言えるんだろう、って思ってるうちは、いつまで胸張って子供って思 えてたんだろう、って思える可能性がその先にあるのに、いつまで胸張って子供って思えてたんだ ろう、って一度でも思っちゃったら、そこから先はずっとそれしか思えなくなっちゃうんだよな。 なんだか寂しいな」ジャージの男は少しボウっとしてから視線を元に戻した。「あ、胸を張らな きゃいいのか」 「いや、お前、そう言うもんでもないだろ。あ、でもそう言うもんか。ん、待てよ、そう言うも んでも、ない、いや、わかんねエ」
「わかんねエな」 「まア、でもこう言う話できるのもけつが青いうちだけだぜ」ブレザーの男が嬉しそうに言った。 「けつ、青くねエんだって」
「いや、青いんだって、悪いことじゃねエよ」 ジャージの男は頷いて、小さくブランコを漕いだ。