《1/fの揺らぎ、樹上のホワイトノイズ。羊水のなかで聞いていた、それ。》 吉牟田 直和[Bass]
丁寧な生活というものに憧れて久しい。いつだったか否応なく人は老いからは逃れられないのだとハッと気付いたとき以来、そんなことを思うようになった。それから何年かたつので、少しは自分の身にも変化はあっただろうと思っている。どうやら人の意識というものは厄介なもので、「〇〇しよう」と意識にのぼらせている間にはまだ駄目らしい。それを口に出したり、意識しなくなったときに「身についた」とか「腑におちた」などというようなのだ。
さて、さすがに梅雨も明けてはいるだろうが、今年の梅雨は長い。雨にちなんだ話をすれば、ここ最近、私はビニール傘をやめて携帯傘を持つようになった。思うに、これは丁寧な生活へと順応した結果なのだろう。なるべく普段持ち歩く鞄の中には携帯傘を押し込んでいて、急な雨に降られてもサッと取り出せる。そんな生活を心がけている。ここまでは良い。しかし、雨に濡れた携帯傘を玄関先で乾かしていると、そのまま鞄に戻すことを忘れてしまうことも多いのである。すると、急の雨に降られれば「まあ、ビニール傘を増やすくらいならば携帯傘を…」と買い足すことになる。家に五本、六本と傘が増えていくことになるので、まだまだ身につくまでは時間がかかりそうである。
一例をあげてみたが、変われた部分もあれば、変われていない部分もあるようである。人生はきっと長いので、ゆっくりと変わっていければ上出来だろう。と、のんびり思う一方、私たちはコロナのおかげでがらりと変わってしまった世界を生きている。今日はなんとはなしに「丁寧な生活」という言葉が浮かんだわけであるが、これはこれで自分なりの答えなのかもしれない。自粛の日々から数ヶ月の期間が経って、なかなか終息の気配が見えない先を見て、「まあ、地道に生きていくしかないよな」というそんな気持ちが「丁寧な生活」という言葉に変わったのならば、上々だろう。
雨が降らないことはないので、傘を持っていればよし。鞄に備えているならば、尚のことよし。コロナが続くならば、体調に気をつけていればよし。後悔がないように生きていればよし。時間があるなら自分のことを見つめ直せたならば、尚のことよし。まあ、そんなところだろう。なかなか変化に順応するという作業は難しいところもあるが、せめて、丁寧に生きられれば幸いである。言い続けていれば、変われるところもあるのだろうから。
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《1/fって何すか。》 村上 学[Vocal/Guitar]
「ダメがかっこいい」時代はもう完全に終わった。コンプライアンスやマナー推進の壁に男たちは屈してしまった。リスクヘッジのスペックを無意識に刷り込まれ、「君子危うきに近寄らず」はもはや教訓ではなく常識。世間はもう、君子だらけだ。
少し前まで、ダメだけどカッコいい大人がたくさんいた気がする。酒を飲んだら手がつかないし、すぐにタバコ吸うし、やたらと喧嘩になる、それでいて、弱者には優しく、権力に屈さず、ここぞというときに頼りになる。…みたいな。
映画“トラック野郎”の星桃次郎(菅原文太)や、“男はつらいよ”の寅さん(渥美清)、みんな不器用だけどカッコよかった。さらに、少し前に流行った“池袋ウエストゲートパーク”というドラマの中でキング(窪塚洋介)は彼が率いるギャングのメンバーに言った。「悪いことすんなって言ってんじゃないの。ダサいことすんなって言ってんの」と。返す刀でメンバーが「それって誰が決めるんだよ!?」と訊くと、キングはこう答えた。「悪いかどうかは警察。ダサいかどうかはオレ」と。これ、時代が今なら炎上必至。
しかし、良し悪しの変動はともかく、正解不正解もいつだって流動的で、あまり当てにできなさそうである。例えば昔のアルコール依存症の治療法は潔く「断酒」一択だったが、2018年のガイドラインでは「減酒」も勧められ、害が出ないようにお酒と付き合う方法が加えられた。断酒には「底つき」という考え方がベースにあり、酒による地獄を一度味わう事で、もう呑みたくない体に改造するのだが、一方、減酒には「底上げ」や「ハームリダクション」という言葉が使われている。そもそも地獄を見なくても済むとかなんとか。(真偽の程は不明。)
星桃次郎も、寅さんも、キングも、ずっとカッコよく過ごせたわけではない。いくつもの挫折と修羅場をくぐり抜けてきたはず。決して彼らは、ルールやマナーを無視してきたわけではない。ただ、少し毛並みの違う独自のルールがあり、それが男の美学、または大人の流儀ととして確立していったのだろう。
最後に、作家坂口安吾は戦後の著書“堕落論”の中でこう書いている。「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外に人間を救う便利な近道はない。ここでいう「堕落」は“自堕落な生活”などの「堕落」と決して混同してはならない。「堕落」は自分の責任か、もしくは太刀打ちできない不条理に翻弄され、まるで真っ暗な井戸の下に突き落とされることであり、「救済」はそこから見上げた時に見つけた小さな円形の光である。そして、それはスマホでもすぐに照らせるような大きさの光だが、どんな光よりも濃く、眩しい光である。
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[テスラは泣かない。]
L→R
吉牟田直和(Bass)/飯野桃子(Piano&Chorus)/村上学(Vocal&Guitar)/實吉祐一(Drums)
印象的なピアノのリフレインを武器に、圧倒的なライブパフォーマンスで各方面から脚光を浴びる、鹿児島発4人組ピアノロックバンド。インテリジェンス溢れる音楽性と、エーモショナルなライブパフォーマンスを融合させた、他の追随を許さない孤高のロックバンドである。
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