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kamomekamome interview
- SPECIAL -

kamomekamome interview

陰りを背負って他へ光をもらたらすハードコアシーンの持つ推進力の体現者
地下にこもっての作曲が続く苦悩と、「早くライブやりたいよ」というフレーズ。振り返る事約1年前の制作当初から、会う度に交わす会話の中で時折、今アルバム制作の苦労を零していた向達郎(Vo)氏。言葉じりからその先にあるリリース後の大暴れするライブステージなどを連想できるポジティブなマインドは感じられたが実際、その苦しみとプレッシャーがあの大きな体にずっしりもたれ掛かっていたのは事実だろう。彼が描く歌詞の世界。周囲に集まる人達へ生きる道筋を照らしてくれるようなカリスマ的な説得力、存在感の裏側で独りひっそりと耐え忍びバンドの前進にフォーカスするひたむきさ。国内ハードコアシーンのヒーロー向達郎は決して全知全能的絶対者ではなく、ここまで表現の匠を高貴なものに磨き上げても尚、未だ「悩める人」であり続けるバンドマンのひとりだ。

interviewer:Itaru Sayashi

向:「今回も非常に難産でしたよ。もう10年以上バンドやってると徐々にネタが尽きて来るんだよね。それでも振り絞って出てくるアイディア、曲、歌ってのは本当それこそ本物なんだけど、当人達は長年生み出し続けて感覚が麻痺してしまっているから、更にそれを再構築しようとしてしまう傾向があるんだよね。技巧を凝らしてみたりさ。でも結局は俺たち kamomekamome が大事にしている軸さえあれば、もうどんな形になったっていい。今回のアルバム作りではそれを特に強く思ったね。」

サウンド面では、前作以上にアグレッシブなスピード感の曲が多く並び、よりライブでフロアがぶち上がること間違い無しのキラーアンセムが惜しみなく10曲収録された。バンド結成当初、ライブのMCでは物語を読み聞かせるかのように曲と曲の間を多くの言葉が詰め込まれたバースで繋ぎ、数十分のステージの全体がひとつの芸術の様に講じられていたのを覚えている。それは向氏の内面をえぐってフロアに差し出すかのような”アウトプット”の沙汰。今は亡き小岩のライブハウスem-sevenにて、かれこれ10年前くらいのことだろうか、当ライブハウス閉店直前の大騒ぎイベントに出演の際でさえ彼等のステージは、至極シリアスな、闇をイメージさせるものに見えた。芸術性の高い、引き込まれそうな人間の心の内を描いた闇だ。

そこから時を経て10年、時間は稀代のの表現者集団に変化をもたらす。前作『HAPPY REBIRTHDAY TO YOU』から更に増して、今作に詰め込まれたポジティブなメッセージの力強さが過去の彼等からの最大の変化に思えるし、オーディエンスとの一体感を尊重したライブステージは、今の kamomekamome のオリジナルスタイルだ。作曲に当たりコンポーザーを担う事の多い嶌田”MARCY”政司(Dr)氏も話すように、今作ではライブでオーディエンスと一体でアガれる構成を考えたという。

嶌田:「歌ありきのバンドだから、歌を引き立たせる為にはやっぱり世界共通言語の4拍子が一番ノレる訳だよね。変拍子多用でお客さんをつけ離して、どう?俺等難しいことやってるでしょ?!って主張するのは今やりたいことじゃない。過去にある程度変拍子もやってきたけど、今はそれを通過して、やっぱり4拍子かっけえなって思うから、逃げじゃない、攻めの4拍子をやろうと思って。いつでも新しい挑戦しっ放しだよ。」

「歌詞は会話発祥だよ。会話のまま、その延長線上の語りをやってるだけ。」

kamomekamome の歌詞、向氏のソングライティングは決して飾らない言葉の羅列だ。形式ばったアーティストほどかっこつけたものではなく、日常の会話にしてはあまりにも人を魅了する。その間を言ったり来たり。彼にとってはある意味バンドでの表現も、日常も、境目のない生き様の一部分なのかもしれない。いつも本気。強くもなれるし、弱くもなれる。逃げず隠れずにそこに立ち続けて、出会いに感謝する。その繰り返しを音楽を通したロードワークにしている男だ。だが今回、ひとたび彼のペンが止まったそうだ。今作の歌詞を取り巻く愁いや物悲しさはそこからの所以だという。

向:「3.11があって、俺には何ができるんだろう、とか俺は何を言えるんだろう、とか物書きっていう自分の存在を考え直したんだよね。日本のしくみがデタラメだってことが分かってしまったことに憤慨もしたし。それで一時期全然歌詞も書けなくなってしまったんだよね。ギターのガネ(白金氏)の実家が石巻で、家はやっぱり無事じゃなかったんだよ。ご家族の命に別状はなかったけど家が半壊してしまって。それでもその時、辛いだろう当人のガネ自身はあっけらかんと振る舞ってる。それをみてクソッ、俺は何もできねぇ!って思って本当に悔しかった。俺にとって家族みたいな奴が困ってるのになんにも出来ねぇって。ほんお少しのお金とか、物資とかをかき集めてKOさん(SLANG)とかTOSHI-LOW(BRAHMAN)に託すくらいしかできなかった。」

その時を経て、何気なく昔の携帯に電源を入れ過去に書き貯めた言葉のメモを読み返した際、震災前のフラットな心境と事後のカオスな心境の中にも共通する想いを自身で再確認でき、今作の歌詞を書き上げていくことになる。完成した作品を開いてみれば、そこにある言葉の多くは架空の旧友との再開のストーリー。

「結局は人の繋がりが一番かな。かっこいい奴ら気のいい奴らと出会えて一緒に騒げるなんて最高だよ。」

産みの苦しみと喜びを経ての最新作『BEDSIDE DONORS』、リリースツアーでは待っているであろう全国各地のファンの元へ足を運ぶ。その中でバンド史上初となる石巻への遠征も決定している。「ウチらのガネにとっての晴れ舞台」と嶌田氏が話すように、震災当初は現地へ出向いてのアクションがなかなか難しい状況で今回ようやく、白金氏の地元石巻での公演が実現する事となった。

向:「何の足しになるか分からないけど、新譜っていうものを携えてあいつの地元へ一回挨拶に行かないと、と思ってさ。いい凱旋になったらいいな。ライブはとにかくお客さんと一緒に楽しくやりたい。」