―今回のリリースで川嶋志乃舞というアーティストと出会う方も多いと思うので、まずは津軽三味線を始めたきっかけから聞いていきたいなと思います。
川嶋志乃舞(以下…川):3歳の時にお祭りで津軽三味線の演奏を観てやりたい!と思ったのが始まりですね。親もなにか和楽器はやらせたかったみたいで、ほかの和楽器演奏を観る機会がそれまでにはあったのですが、津軽三味線というものにすごく惹かれたんですよね。あとはステージ上で自分より少し年上の子たちが演奏しているのを見てすごく悔しがったらしいんですよね。なぜ私はステージ上にいないんだと。それが大きなきっかけになって入門しました。
―面白いきっかけですね。勝手なイメージですが、三味線とか伝統芸能って元々そういった家系で始めるとかが多いと思っていたので。
川:そういう方も多いですね。
―そしてそこから全国大会4度優勝までたどり着くってとんでもないことのような。
川:小学1年生のときに全国大会に出場して、最年少入賞をして、中学1年生までの間に3度優勝しました。
―インスピレーションで始めて、とてつもない速度で頂点に立ってますね。相当努力を重ねたんじゃないですか?
川:毎日三味線を弾いてはいましたが、練習はあまり好きではなかったですね(笑)。短期集中って感じでした。
―それでも全国優勝するまで才能が一気に開花したということは川嶋さんと三味線はとても合っていたんでしょうね。
川:そうですね。インスピレーションを感じたのも含めてきっと合っていたんだと思います。そんな楽器に出会うことができてよかったなと。
―その後、ポップミュージックの融合という今の形になったきっかけはなんだったのですか?正直珍しいと思うんですよ。
川:私が所属している会が全国的に見ても前衛的なことに挑戦しているんですよね。三味線にドライバーで穴を空けてストラップピンをつけて立って弾けるように子供の頃から仕込んだりとか、8小節フリーでアドリブで弾いてみたりとか、民謡はもちろんやるんですが、ジャズとか洋楽に三味線を入れてみたりとか。そんな環境で育ったので、正直そこまで珍しいという感覚はなかったんですよね。だから外に出て、そこで初めて面白い会なんだなと気付きました(笑)。
―それは意外なお話でした。正直、伝統芸能に携わる方って新しい物を取り入れることに抵抗がある方も多いのかなというイメージを持っていたので。
川:そういった方ももちろんいるとは思いますが、私の会ではそういったことが全く、先輩にはサンバとかジャズとかに三味線を取り入れてCDリリースをした方とかもいたりしていたので、私もいつか自分の形でCDをだしたいと自然に思うようになったんです。
―その会に所属していなかったら川嶋さんのアーティスト人生は違う物になっていたかもしれないですね。
川:まさにそうだと思います。この会に所属していなかったら確実に今の形にはなっていないですね。
―そうやって活動を進めていく中で葛藤、悩みなど色々あったのでは?
川:東京藝大に入ってからしばらくはたくさんありましたね。先ほどもお話させてもらいましたが所属している会ではそれが普通で、私の中では伝統芸能もポップミュージックも両方やるというのが染みついていたのですが、一歩外にでたら携わる方も一気に増えたのもあって、異端児的な扱いになってしまうんです。正直、とても悩みました。私がやりたいことってそんなに理解されないことなのかな。やっていて大丈夫かなって。どちらにも中途半端な感じで捉えられてしまって、賛同者も少なくて。
―語弊を恐れずに言うと僕も最初正直、どういう音楽をやる子なんだろうというのは思いましたもん。
川:そうですよね。ライブハウスのブッキングの方にもよく言われます。どういうジャンルと組んでいいか悩むって。逆に私としてはそこに制限は設けていないんですよね。インストだとポップな音楽というものだけだとそういった悩みも増えるから歌詞をつけて、歌うようにもなっていって。そういったことも含めてぱっと見では私の音楽性や思いが伝わらないのはある程度やむを得ないので、自分から行動することにしたんです。伝統を崩そうとかけなそうとかしているのではなく、むしろ広めていきたいんだという私の意思を行動にする必要があるなと。大学にもしっかり通って、様々な場所に積極的に顔を出して、その中でライブハウスにも出演して。そうしたら徐々に変わってきて。今では色々な方が応援してくれるようになりました。
-行動を起こすことの大事さを知りますね。
川:お手本がいないので、自分で行動していくしかないんですよね。
―とても大変だとは思いますが、やる意味や価値はとても高いと感じました。パイオニアになれること、道を切り拓くことができることって1アーティストとしては嬉しいことなのかなと。
川:確かにそうですね。でもそう思えるようになったり、だれもやっていないことをやるということが怖くなくなったのは最近ですね。ようやくそこにたどり着けたかなと思います。もっともっとやっていかなければいけないことはたくさんありますが。
―そういった自分で行動を起こしていくという精神性が積極的な主催イベント開催というのに繋がっているんですかね?
川:ライブハウスのブッキングの方が悩むなら自分で一緒にやりたい人とやればいんだって思ったんです。三味線だからという理由だけで疎遠になるのはとても悔しいなって。共演してライブを見てもらって会話できたらきっと理解してもらえると信じていて。自分の環境は自分で作っていくしかないんです。ただただ音楽を楽しくやりたいんです。表現方法として三味線を武器にしているだけであって、自分のやりたい音楽をやっているだけなんです。
―その精神性は今回の2枚のCDという形になっているように感じます。
川:そう言ってもらえると嬉しいです。自分のやりたいことをとにかく詰め込みました。
―川嶋志乃舞というアーティストとして表現したいことが具現化したということですかね?ある種集大成的な。
川:まさにです。キャッチーでポップでというのも大切にしていますが、もっと玄人好みな曲もありますし、民謡だけを収録した1枚もあって、川嶋志乃舞というアーティストはこんなことをやっています!というのはわかってもらえるCDが作れたかなと思っています。聴いてくれる方が抜粋してプレイリストを作ったとしても楽しんでもらえる自信があります。実はここ2年くらい自分の音楽性に悩んでいて。色々な曲が作れるようになったからこそ悩んでしまったというか、軸がどれなんだろうって。その悩んだ結果どれかに絞るのではなく、むしろやりたいことを全部やるというところにたどり着いたんです。どれかに絞ったら川嶋志乃舞じゃないなって。
―月並みな言葉になってしまいますが、まずは聴いてもらいたいですよね。きっと聴く前に持っていた先入観とは違った景色が待っていると思います。
川:まずは聴いてもらうというのはとてもハードルが高いことだとはわかっていますが、本当にそう思います。きっとなにか伝わることがあるはず。
―そんな川嶋さんが目指す今後についても聞かせてもらいたいです。
川:とにかく広めたいです。そのためにはサーキットイベントとかフェスとか、たくさんの方にライブを見てもらえる機会を増やしたいです。伝統芸能が良いという押し売りではなく、ギターでもベースでもはたまたバイオリンとかでも表現することのできない独特音色を持つ三味線ってこんなにカッコいいんだっていうのをもっともっと知ってもらいたい。それをポップミュージックと融合させて聴衆に届けることができるのは今は私しかいないから、そこをとにかく頑張りたいと思っています。
―しっかりと芯を持って今の話をしてくれた川嶋志乃舞というアーティストの今後がとても楽しみです。これからも応援させてください。
川:ありがとうございます。これからも頑張っていきたいと思います。