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テスラは泣かない。1/f
- SPECIAL -

テスラは泣かない。1/f

《1/fの揺らぎ、樹上のホワイトノイズ。羊水のなかで聞いていた、それ。》 吉牟田 直和[Bass] 

 これくらい晴れた日には何を目的にでもなく街へとくり出して、細々とした日常生活から離れた贅沢品のようなものを買う。ふとウィンドウに展示された春のコーディネイトに胸をときめかせられて入れば、なんだか思ったものとは違って「やっぱりあの店がいいな」と馴染みの店へと行ってしまったりする。欲しいと思ったアイテムの値札をめくれば「¥9800+tax」と、細々としたものを買いに来たつもりの身には値段が張る。外の空気を吸おうとテイクアウトのコーヒーを片手に街を一周すると、見ようと思っていた映画があったことを思い出す。連想的に思い出して美容室の予約をいれる。公園のベンチでカップルたちを見る。子供たちが水場で遊んで袖を濡らしている。なにをするでもなく外に出たというのに手持ち無沙汰になったから誰かに連絡する。SNSをチェックする。あわよくば夕食の予定でもお酒の予定でも出来てくれればよいと思う。
 日が落ち始めれば、案外歩き回ったのだなあと、そんなときに限って買おうと思っていた品物を思い出す。つけるたびにチカチカして煩わしい電球とかそういうものだ。しかも、街の反対側にあったりするのだからイライラする。半歩、足がむきかけたけれども、物臭さには負ける。春のあの気怠い感じに敗北をしたと言っても過言ではない。「まあ、いいや」と放り投げてしまえば、気持ちが楽になることだってある。
 さて、最後には駅前の本屋さんには寄る。そういえばあの漫画の続きを読みたいんだった。そういえばあのバンドの新譜を買いたいんだった。そういえば、そういえば。街には欲しいものがいっぱいあるんだった。結局、友人からは返信がなかったな、まあ、弁当でも買って帰ろうかと駅の構内から外に出ると、ドンと夕焼け。まだ少し、夕暮れの風は肌寒いけれども、なんだかそれだけで一日が満たされた気がする。
 そんな日常。せめて文章の中だけでもそんな情景をと思って書いたりもする。少し現実には足りないかもしれないが、イマジネーションというものは強い。想像はいつだって可能だ。家の中で退屈に負けそうになっていたとしても、まあ、コーヒーでも沸かして、窓とか開けてみたりもして、そんな気分に浸るために、このコラムが少しでも役に立つとすればコラムを書く者の冥利に尽きるというものだ。
 大丈夫になったら、またライブハウスで会いましょう。

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《1/fって何すか。》 村上 学[Vocal/Guitar] 

四月に入ってから、毎朝コーヒーを沸かし、テレビの前にスタンバイして、NHKの朝の連続ドラマ「エール」を観るのが日課になっています。ドラマ自体も面白いし、何より一日を規則正しくスタートさせる新しいルーティンとして続いています。ドラマの主人公は作曲家の古関裕而(こせき ゆうじ)。昭和の作曲家を代表する一人です。
 ドラマの中で裕而が机に向かって曲を作るシーンが何度もあります。机の上に五線譜を並べ、メトロノームを鳴らしながら、ペンで音符を書いていきます。この姿に私は毎回驚きます。パソコンもDAWソフト(作曲をするのに使うソフト)も、スピーカーもない。曲の全てを頭の中だけで“想像”し、音符やリズムを組み立てて一曲に仕上げるのです。携帯もパソコンもない時代ですから、これが昔の作曲のスタンダードだったのでしょう。
 確かに、ものづくりの原点がいつの時代も「想像」であることは変わりません。その想像を、現実にするための道具が有るか、無いかの違いです。ただ、それらの道具を持たずしてものづくりが出来た作曲家たちの想像力は、もしかすると今とは大きく違ったのかもしれません。
 家で一人じっとしていると、いろいろなことを想像します。良いことも、悪いことも。生産的なことも、悪循環になりかねないことも。良いことや、生産的なことは、たくさん想像すれば良いと思います。それは、また思いっきり外に出て日光を浴びる日が来た時に、大きな美しい花を咲かせる“種”になるのだから。(もちろん、その逆のこともありますが、ここでは想像しないでおきましょう。)
 古関裕而と同じ時代を生きた作家、安部公房の「箱男」という小説の中に、こんな一節があります。
「嘘は真実から遠ざける為に用い、想像は別のルートを通って真実に近づける」
嘘みたいなことが次々と起こるこの世の中で、明るい未来を組み立て、それを新しい真実にすることができるのは、いま、静かな部屋で広がる豊かな想像の力なのかもしれません。そんなことを思って、私も机に五線譜を並べます。(しかし私は楽譜が読めない…。必要なのは想像ではなく勉強か…。汗) 

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[テスラは泣かない。]
L→R
吉牟田直和(Bass)/飯野桃子(Piano&Chorus)/村上学(Vocal&Guitar)/實吉祐一(Drums)
印象的なピアノのリフレインを武器に、圧倒的なライブパフォーマンスで各方面から脚光を浴びる、鹿児島発4人組ピアノロックバンド。インテリジェンス溢れる音楽性と、エーモショナルなライブパフォーマンスを融合させた、他の追随を許さない孤高のロックバンドである。
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