Stone in the “You” #1
それでも生活を続ける為に仕方なく電車に乗る。大きな矛盾と微かな不安を抱えてレールをひた走る揺れに身を任せる。ふと、涙が溢れそうになる。今隣に佇む人々は何を想っているのだろうか。みんな此処にいて平気なのだろうか。
ワイヤレスイヤフォンから音楽を流して世界を遮断する。此処まで逃げてくれば世の中に溢れるありとあらゆる恐ろしいものから自分を守れる気がするのだ。鼻の奥がツーンとして、胸がキュッと締め付けられるような気分になる。こういう時だけはマスクをしていて良かったと思う。
しばらくすると電車は主要駅に辿り着き乗客がひとり、またひとりと街に吸い込まれていく。車内には数える程しか乗客が残っていなかった。シートに座り込み、ひと息つく。次の駅で自分も降りないといけない。このまま人気の少ない電車に揺られて、ひとり旅にでも出られたらいいのに。
ふと、車窓の隙間から心地の良い風が吹き込んでくる。目が覚めるような春の気配がした。ああ、今日は仕事を休もう。急に、そう思った。今残している仕事はリモートで済むような作業ばかりだ。言い訳すればどうにでもなる、きっと少し注意されるくらいで済むだろう。
そして再び車内に春の風が吹いた。ワイヤレスイヤフォンのノイズキャンセリングをも乗り越えて届く、全てを包み込むような春の風だ。重い空気を押しのけて何処までも流れるような力強さを感じる。シートから立ち上がる余力もないわたしは、ただ雪解けと春の訪れを想うことしかできなかった。それでも確かにそれは、小さな希望だった。
2021.1.27 Release 「You e.p.」収録曲”You”より